《CAT'S EYES & CAT'S HANDS》猫雑記 1999年11月 >>前月へ >>次月へ
1999年11月3日
キジ子と小アカ

Nov. 3, 1999

ゆうべからプロバイダへの接続が出来ず、一体何が原因か判らない為に随分気を揉んだ。

結局、プロバイダ側の不具合と判明したので良かったが、自分のサイドで何か設定を狂わせてしまっていたら・・・と思って情けない思いをいながらダイヤルのプロパティは確認するわ、接続ウィザードはやり直すわ、別のプロバイダでURLを取得するわで大変だった。

機械相手の事は、これだから困る。それにしても、インターネットとパソコンなしの生活はもう考えられなくなっているという事に気付き、困った事だと思う。

貴堂直画伯のお言葉通り、自分の能力を超えた事も可能にするパソコンに、こうも依存していてはいけないのだ。もっと生の世界を大切にしなくちゃ。



その生の世界では、仔猫の里親候補の方が来て、三毛のママになって頂ける運びとなった。猫を通じて知り合う人は皆良い人ばかりだと、夫がしみじみ言った。

これも多分神様が選んで遣わして下さっているのだろう。自分だけの力じゃない。



仔猫達、ゴマのキャットフードをバクバク食べる。どうなっているのだろう。粉ミルクや離乳食には見向きもしない。おっきなウンコもする。とても1ヶ月と少しとは思えない成長だ。

パネルヒーターは早速ぶっ倒し、ミンクの毛玉のついたマスコット人形はすっかり破壊された。梯子代わりに使われている私のカーディガンは、もう人前では着られないだろう。

昨日は帰宅すると「落とせる物は全て落としておきました」とでも言いたいかのように、見事に棚の上の物がことごとく落とされ、棚板さえ落ちていた。

狭いから、物を伝ってどんどん上に行けるようだ。

ふぅ・・・

兎に角、みんな元気だ。

1999年11月4日
ゴマ

Nov. 4, 1999

朝夕が肌寒い。パネルヒーター早速役に立つ。



ミュウの精神状態が不安定だ。あっちの部屋に、他の猫がいる事が判っているらしい。瞳孔が開きっ放しで、ヒゲも情けなさそうにハの字になっている。

アインとジーコは細い瞳だ。目の前に連れて来ない限りは、そう神経質にはなっていないようだ。ミュウは敏感な子だ。デブだけど。



今日は展示会に出掛け、新しい作図ソフトを見てくる。あまりに安いので、びっくりする。

仕事は毎日座りっ放しなので、たまに外出すると気分が変わって良いが、出つけないので疲れた。それとも疲れがたまって来たのか。もっと時間と体力が欲しい。(この後に泣き言を書いたが、削除した。口に出して言うと、身体や心が支配されるようで。言霊を大切にしよう)



ゴマも余裕が出てきて、しきりに私についてドアの外に出たがる。

1999年11月5日
ミュウ

Nov. 5, 1999

朝晩が寒くなり、野良達の事が心配な季節になる。

昨日は駐車場の三毛が新聞紙の上で寝ていたらしく、私を見てクシャミをひとつした。今朝は、ブスアカ(ごめん、ホントはみんな可愛いよ)が一本表の路地で日向ぼっこしていた。私を認めて、ひどい声で鳴いた。

みんな寒いのだ。家の猫たちは幸せなものだ。エアコンやヒーター、ボアのクッション、ムートンのシートなど与えられ放題。過保護過ぎるのかな、私は。

バランスをとる為にも(それ自体が目的ではないが)、もっと野良達の為に何かしてやらなくちゃ。



職場の相棒は、アカの話ばかり。目を細めて、アカが甘える様子を話してくれる。

アカに会いたい。来週、会いに行こうかと思う。すっかり良家の坊ちゃんと化したアカを見たい。

彼女の部屋もアスレチックルームも「アカの部屋」と呼ばれているらしい。3階も天井裏もある家で、のびのびしているようだ。

彼女もアカの為にホームページを作る予定。当然リンクして、ペット自慢のページにも載せさせて貰う。早くお作り!



ミュウが苛々して、アインを咬んだりしている。かまってやる時間が少なくてごめんね。せめてミュウとはひとつ枕で寝たいのだが、すぐにジーコが来て並び、アインがドカドカと傍若無人に割り込む。すると、繊細なミュウは、フイと行ってしまう。

繊細だけど、凄く太っているのだ。

1999年11月6日

仔猫たち、さかんにウンコするようになった。ウンコの大きさが、アメショーのアイン(♀)と同じ位あるので驚く。

獣医に相談したところ、成長が早いので考えていたよりも早く里親さんに渡せるかも知れないと言われる。いつまで経っても心配なのは確かだが。



ようやく休みの日で、猫達と過ごせる。足湯も出来た。疲れがたまっているので、こういう日はどこへも出掛けず。

ゴマをミュウたちの部屋に連れて来ようかと悩むが、中途半端な事も出来ない。静かに暮らしているミュウたちにとって、ゴマはどんなにお利口で大人しくても恐怖のエイリアンなのだ。私達が毎日ついていて、じっくり馴らしてやれる時までは無理だろう。



駐車場に新顔が現れる。まだ生後半年位の三毛だ。

それにしても、場所柄かゴミだめのような場所になってしまっていて、一度掃除をしてやろうかと思っている。

人通りの少ない引っ込んだ場所なので、高校生が溜まってジュースを飲んだり煙草を吸ったりしている。開き缶は勿論、近所の店から風で飛ばされて来たトロ箱や新聞紙、様々なゴミ・・・ひどい事には人間のウンコまである。

野グソなんて、鶴見で見たのが初めてだ。しかも、もう3度もあったのだ。ちゃんと汚れたティッシュまで添えてある。これは猫の仕業ではない。

猫を嫌う人が必ず言う言い草に「猫のウンコは臭いから」というのがあるが、人間のウンコだってかなり臭い。しかも大量だ。

この地球は人間だけのものじゃない。うるさくて乱暴な他人の子供より、野良猫の方がマシだと言う人だっているのだ。

嫌い合うより、存在を認め合い許し合う事が大切なのではないか。



野良の白黒はまだ用心深くて、私が近寄ると逃げてしまう。充分食べてくれていると良いのだが。

野良の白黒

Nov. 6, 1999

1999年11月7日
部屋の眺め

Nov. 7, 1999

ゴマは兎も角、仔猫達がどこへでも行ってしまって困るので、部屋のあちこちに目張りやダンボールで作った衝立をめぐらせている。かなりヘビーデューティな眺めになって来た。

綺麗に整えてあった部屋は、見る影もない。これが仔猫を育てるという事か。

人間の赤ん坊と違ってジャンプ力も凄いし、爪を頼りに登れるところはどこだろうと登る。夫はウンコの処理をしていると体に登られて、背中は傷だらけである。その登り方の素早い事と言ったら・・・。



獣医に相談したところ、成長がこれ程早いのならば、予定より早く里親さんに渡せるだろうと言われる。まずは三毛からだろう。

仔猫達の部屋を掃除をする間、仔猫はケージに入れておき、ゴマを抱っこしてアメショーたちの部屋に連れてきてみた。

ミュウは警戒してはいたものの特に興奮せず、ひたすらつけ回す。アインは「シャーシャー」と威嚇して、全くふざけている。ジーコの事は一番弱いと判断してか、ゴマの方から「シャーッ」とやって、ジーコはすごすごと退散してしまった。

弱虫で困ったものだが、何ともおかしい。

1999年11月10日

珍しく会社の社員旅行で、仕事は休み。主婦連中は行けない人が多く、急遽どこか近場へ行こうという事になった。

猫の手が掛かる時期でもあるし、デジカメのスマートメディア読み取り用アプリケーションの調子は悪いし(それで「猫雑記」もお休みしていたのだ)、連日の過密な仕事で自分の体力も限界に近づいていたし、行こうかどうか迷ったが結局行って来た。

感想は「行って良かった」。

先ず、私としては10年振りの遠出(鎌倉は遠くなかったけど)だったので、何となく非日常を味わえたという事が一番。

それから鎌倉に詳しい仕事の相棒からの予備知識を得ていた為に、短時間で手際よく廻れた事。鶴見までは車を使うものの、鶴見からは電車で1時間足らずで行けてしまう手軽な観光地であるという事も判ったので、かねてから鎌倉に行きたがっていた実家の母を連れていってやれる自信もついた。



小町通りの裏道にある「ミルクホール」でハヤシライスを食べる。黴臭いほど古い店で、アンティークショップと抱き合わせにやっているようだ。丁寧に煮込まれた肉が柔らかかった。量は少な目。

鎌倉ミルクホール

Nov. 10, 1999

早めに帰宅すると、猫たちは「何でこんなに早いんだ?」というような顔をして、いつものように騒いで出迎える事もなく、欠伸をしていた。

1999年11月11日
仔猫たちすやすや

Nov. 11, 1999

かねてより里親探しの協力をして下さっていた峯さんが、地域で猫助けの活動を熱心にやっているお母様に頼んで、タウン誌に広告を載せてくれた。

そうしたら途端に反応があり、2組の希望者と会う運びとなった。忙しい仕事をしながらでは、充分な事が出来ていない事を痛感した。里親探しも家の猫の世話も。

だけど続けるしかない。出来る範囲で、最大限の努力をする事が大切なのだと自分に言い聞かせる。

峯さんのお母さんは、広告掲載料も受け取って下さらず、

お金のことは、気になさらないで下さい。小額ですし、こちらが独断でしたことです。
1匹でも多くの猫ちゃんを幸せにできるお手伝いができて、それだけで嬉しいです。

”ぱど”のお金は、川口さんがお世話をしている猫ちゃんたちの避妊手術代や食費にして下さい。

これからも、お互い、助け合いながら、頑張って行きましょう!!

とのメッセージを下さった。

朝のメールチェックでこの伝言を読み、不覚にも涙が出た。何だか自分一人が闘っているような気持ちになっていた事を、ちょっと恥かしくなった。

会った事もない人達ではあっても、同じ志を持つ仲間がいて、共に助け合い、励まし合える事の幸せを噛みしめる。


今は毎日が戦争のようだけど、それも生きている証だ。私達夫婦も、猫たちも。私が援助させて貰っている年下の仲間もいるし、野良だったアカを引き取って大切にしてくれている友人もいる。

里親を希望してくれる人達もいるし、共に苦労してくれる夫もいて、励ましてくれる友人もいるのだ。感謝に明けて感謝に暮れた一日だった。その事にも感謝。

神様、そこにいらっしゃいますか?

1999年11月13日
さよなら白アシ

Nov. 13, 1999

「ぱど」の募集広告を見た方と連絡をとったのが一昨日、今日の午後、白アシが里子に行った。随分急な展開だったが、部屋が汚されようが「そんな事を気にしていたら、猫なんて飼えないですから」と言えるおおらかな女性で、この人なら・・・と安心した。

もうすっかりフードも食べられて、トイレも使えるものだから、一寸延ばしにせずに迎えて頂いた。トイレと砂、お気に入りのお守り、フードとミルク、それからゴマの匂いのついたウールのショールをつけてあげた。白アシは車の中でもあまり鳴かず、終始いい子だった。



明日には、午前中に三毛が、そして午後には小アカが里子に行く予定。

一気に数が減ってしまう。いずれも良い里親さんに恵まれて、この家で忙しい私の目が行き届かずにいるよりずっと幸せなのだと理屈では判っていても、寂しさは拭えない。

母猫ゴマは大丈夫だろうか?私は寂しいよ。何でこんなに意気地なしなんだ?



夜、白アシの里親さんに電話して様子を尋ねてみたら、だんだん家に慣れて既にフードも食べたという。専業主婦の方なので、きっと一日中可愛がってくれる事だろう。

よかった。家も都筑区で近いので、時々行ったり来たり出来るし。

1999年11月14日
さよなら三毛
Nov. 14, 1999

午前10時、三毛を渡す。里親さんは、県内のご夫妻。お嬢さん二人は既に独立しているが、ご夫妻の年齢は私達とあまり変わらない。

ま新しいキャリーバッグに入れられて、三毛は騒がずに座っていた。見送って、里親さんの姿が見えなくなったら涙が出た。一番手の掛かる子だったが、それだけに寂しい。


さよなら小アカ
Nov. 14, 1999

午後2時、別の里親さんと待ち合わせ、家で小アカを渡す。里親さんは、10月28日に書いた鎌倉のお嬢さん。姉妹で車でお迎えに来てくれた。お家ではお父様と弟さんが待っている。

さよなら、可愛い子たち。今日は、もう書けません。

1999年11月15日

昨夜キジ子がゴマと抱き合って眠っている様子を見て切ない気持ちになったが、いつまでも感傷に浸ってもいられない。また、新しい一日が始まったのだ。頑張らなくちゃ。



この「猫雑記」を読んで下さっている方から、励ましのメールを頂いた。里親さん達からも、続々と報告が入っている。何とかみんな、新しい家に慣れようとしているみたいだ。頑張れ。優しいお母さんが出来て、いっぱい愛して貰えるのだから。



ゴマがしつこく甘えて、夫の膝で眠ってしまった。かなり疲れているようだ。彼女が眠るのを初めて見た。ずっと大変だったものね。



今回の3匹の里親さんは、いずれも素敵な女性ばかりだった。ひと組だけ、ちょっとお見せしますね。

小アカの里親さん姉妹

1999年11月16日

里親さん達からの毎日の報告が嬉しい。

まだ新しいおうちでトイレが使えない子、まだウンチが出ない子・・・様々だ。でも、きっと大丈夫。みんな通る道なのだから。

新しい名前も決まった様子。もう私達の小アカや白アシ、三毛ではないのだ。これでいいのだ。何だかバカボンのパパなのだ・・・みたいだ。



寒い一日だった。今年の木枯らし第1号が吹く。猫達がフトンに入って来て、一緒に眠ってくれる季節の到来だ。ゴマは未だその楽しみを知らない。あと少しの辛抱だからね。

あと少しの辛抱と言えば、ゴマの発情が始まった。何人もの獣医さんが、私の質問に答えてくれて「間違いないでしょう」と言う。可哀想だが、まだ不妊手術も無理だから、年明け位までは我慢するしかないだろう。

キジ子

Nov. 16, 1999

ゴマにそっくりのキジ子は、何とか一人遊びをしている。不憫だけど、他の姉妹もみんな一人で頑張っているのだから、キジ子も頑張れ。

1999年11月17日

里親を希望して下さっている方に、キジ子の写真をプリントして郵送した。まん丸の目をした、あどけない顔のキジ子。何でも母親のやる事をじっと見ていて、真似をして一番先にトイレも覚えたキジ子。

手離したくない。

キジ子に威嚇された
弱虫ジーコ

Nov. 17, 1999

でも先日アメショー達の元に連れて行ってみた時、大人しいジーコに向かって、怯えて精一杯強がって威嚇し続けたキジ子。どれほどのストレスだったろう。

やはり、ここより良い環境で飼って貰える里親さんに育てて頂いたほうが良いのかも知れない。よくよく相談の上で決めよう。



小アカ改め「チッチ」はウンチが出来たようだ。これからは、チッチの里親さんがこのホームページでコーナーを持ってくれる事になり、そこでの報告があるはずだ。今週末には、新しくコーナーを設けられそうだ。

タイトルも《Catpeople Net Magazine》と決めた。そこでは私は編集に徹して、おこがましい言い方だが若い人の表現の場にしたい。

更に、三毛改め「チコ」もトイレが出来るようになって、食欲も旺盛だと電話を頂く。嬉しい、うれしい。

1999年11月18日

キジ子ともあと僅か

Nov. 18, 1999

別の方から、是非ともキジ子をという要望を頂く。今年の8月に、生後2ヶ月のキジトラの女の子を病気で失った方だ。メールと電話でやりとりして、急遽こちらの方にキジ子は差し上げる事にした。

もう一組の方には、別の里親募集をしている仔猫たち(まだまだ余所には一杯いるのだもの)の仲介をお約束して、お断りした。どちらもとても良い方なので、お断りは切ない。

ホームページを作って2ヶ月近くになる。最初は、本当に里子に出せるのかしら・・・と悲観した事もあったけれど、多くの人の善意に支えられて(月並みな表現だが、これが真実)ここまで来られた。



そして私のサイトも今、別の広がりをみせようとしている。

今日から《Catpeople Net Magazine》をスタートした。新しいコーナーというよりは、私が編集者として仕事をするコーナーにする。どこまで私がバックアップ出来るか、どれだけ皆さんがやってくれるか・・・未知数ではあるが、努力とコミュニケーション次第だと思っている。若い力に期待。

1999年11月19日

チコとチッチの情報が続々と届くなか、白アシは未だ名前がどうなったのかさえ判らない。のんびりとした方なので、あちらからの連絡は無いのだ。

最初の2日はこちらから電話をしたが、あまり頻繁ではうるさいだろうと思い、我慢して控えている。手紙を書いたのだが、もう少し経ってからの方が良いと夫は言う。心配ないとは思うのだが、つい・・・・。

キジ子ペロリ

Nov. 19, 1999

キジ子とも、あと1週間しか一緒にいられない。昨夜、写真を撮っていたら、もう涙が出てきた。どうして猫や動物の事となると、こうも情けないのだろう。他の事では、恐ろしいお姐さんなのに。(冗談です。決して本気にしないで下さい)



案の定、チコ(三毛)はお転婆ぶりを発揮しているようだ。今日からは、チコの里親さんのお嬢さんであるHiroeさんもコーナーを持ってくれているので、三毛のその後は>>こちらをご覧下さい。


追記:
こらえ性のない私は、遂に電話してしまいました。里親さんの明るい声を聞いて、先ずはホッとしました。「元気ですよ!」と言ってくれる。名前は「トラちゃん」・・・良かったね、白アシ、じゃないトラちゃん!!

1999年11月20日
ゴマとキジ子
Nov. 20, 1999

もうじきゴマを連れてきて2ヶ月になる。

台風の前の晩だった。私の心も台風のようだった。でも拾って来たのは単なる猫ではなくて、幸福の種だったようだ。あれから散らばった種は、行った先で確実に幸せを生んでいる。勿論、ここに残った種も私達の幸せの一端を支えてくれている。



昨日、Makikoさんからチッチの写真が届いた。私が撮る写真とはまた違った新鮮な切り口で、アップするのが楽しみだ。家にスキャナーが無いのが悔しい。そうです、会社で取り込まねばならないのです。月曜日が待ちきれないという、初めての事です。

それにしても、写真には撮る人間の感性がこうも出るものなのかと、改めて驚いた。心なし色調から仔猫の表情まで違っている。これならば彼女のコーナー、彼女の作品として充分成立すると思う。と同時に、自分のサイトに新しい血が入り込んだ事の喜びを感じた。

1999年11月21日
漫画のようなキジ子

Nov. 21, 1999

久々に何もない日曜日。

やっとベランダの植木の整理が出来る。ガーデニングが趣味だなんて、とても言えない位に荒れ果ててしまっていた。ベランダに目をやる心の余裕が全く無かったのだ。

バラを剪定し、植え替えに備える。来月パンジーを植える為の、土作りも始めなくちゃ。



キジ子は鳴きながらトイレに入っているんだよ、と夫が言う。そう言えば、チッチもトイレの最中お喋りしているとの報告あり。誰に似たのだろう。

アインが同じような事をするが、勿論アインに似るはずがない。未だに一緒に出来ない位なのだ。確かにゴマはお喋りだが・・・。



余裕ついでに、ウェブサイトもあっちこっち手直しし始める。3日間でやっつけ仕事で作った当初の部分は先を見越しておらず、データが増えるに従い見にくくなっていたのだ。

全てのコーナーにインデックスページが必要になってきた。リンクも全部やり直し。信条(身上でもある)は、1ページにデータを多くし過ぎない事、長く下に続けない事。ブラウザで開く時間がかかるのは、見る側には煩わしいものだと思う。

(後日註:当時はまだ時間帯限定の「テレホーダイ」がやっとあるかないかの時代で、今のような回線速度ではありませんでしたので、兎に角軽く作る事が何よりもの課題でした)

シンプルに見易く作る・・・これだけです。

1999年11月22日

今夜もキジ子

Nov. 22, 1999

パソコン画面で描画する仕事は疲れる。一日働いただけで目が熱をもってしまう。なのに家でまたパソコンにかじりついているのは、完全に中毒だ。



キジ子は、私達がトイレを片づけていると、脇でじっと見ている。私に猫パンチを浴びせる。ゴマのしっぽを狙う。気に入らない缶詰だと、生意気に足で砂をかけるような仕草をする。

こんなに愛らしくて、おもしろくて、本当に人に渡してしまえるのか?しつこいけれど、辛い。でも、他のみんなと同じように、幸せになれれば・・・。



「お気に入り」で紹介した「ひばオイル」が手に入った。嬉しい。少し余分に入手したので、欲しい方には小分けして差し上げても良いですよ。ご希望の方は、メール下さい。先着5名様まで。(2006年現在は、募集しておりませんので、スミマセン)

1999年11月23日
ゴマもペロリ

Nov. 23, 1999

やっぱりスキャナーを買った。今年はもう買い物はしないと心に誓ったのに、カードは便利です。

これで《Catpeople Net Magazine》の為の、プリント写真が家でゆっくり取り込める。ウキウキ・・・。チッチの写真は、これでオッケー。やっぱり、せっかちでした。



菊の花が夫も私も好きで(食べ物として)、今年もたくさん三杯酢に和えて保存する。あまりにたくさんの花びらを千切ったので、手が菊臭くなってしまった。千切った後は、さっと茹でた花びらを絞って団子になっているのを酢の中でほぐしながら和えたので、今度はすっかり手が酸っぱくなる。



寒くなってきたので、チッチもチコもお布団に入って来て一緒に寝ているようだ。勿論ミュウもジーコもアインも競って入って来る。早くゴマとも一緒に寝てやりたい。

しかしゴマはまだ先が長いのだ。焦らずゆっくりアメショー軍団と仲良くなって貰おう。

1999年11月24日
お転婆キジ子

Nov. 24, 1999

寒い。今年は秋が短くて冬の訪れが早いように感じる。毎年、この時期こんなに寒かったかしら?



小アカ改めチッチの里親のMakikoさんと三毛改めチコの里親Hiroeさんの《Catpeople Net Magazine》のページを、女の子らしく手直しした。

私に欠けているのは、ああいうパステル調の色合いかな、とふと思う。人との新しい出会いが、自分を少し変えていく。若い人の手助けが手来て、初めて大人と言えるのだと思う。

まだその入り口付近に立っただけだが。



それで思い出した。かつて私を助けてくれた女性の事を。30歳になったばかりの時、かつて短期間一緒に仕事した事がある50代の女性が、ある企業にヘッドハントしてくれた。

私を売り込み、敵の多い私の精神的な支えとなってくれた。何より嬉しかったのは、駆け出しの私を一個の才能として尊重してくれた事だ。

小さな体に大きな野心と女としての可愛らしさを持った、ドラ猫のような人だった。その後私も人生の転機があり、音信が途絶えてしまった事を悔やんでいる。

今では消息が分からないその人は、北越さん(別名遠山さん、いずれかが旧姓)といった。もう一度お会いしたい。どこにいるのだろう?



キジ子、片時もじっとしていない。一体いつ寝ているのだろう?

1999年11月25日
いたずらキジ子

Nov. 25, 1999

ふと夜中に起き出してしまい、そのままパソコンに向かう。結局ろくに寝ないまま出社した。何とか保ったけれど、結構堪えている。馬鹿な私。

仕事は笑っちゃう程多い。年末までに綺麗に片づくのだろうか?年末年始休暇なんて、本当は要らないのだ、私は。お正月嫌いだし。

おせち嫌い、テレビ番組つまらない、気が抜けるせいか毎年インフルエンザにやられる、朝から舅と酒を飲まなくてはいけない(酒を飲むのは良いが、威張られるのが厭なのだ)・・・お正月なんて、ずっと仕事していたい位だ。

今年はホームページの更新があるから、これもまあ仕事と言い訳出来る。やれやれ、よかったよかった。



ゴマが便秘している。仔猫が離乳してゴマは食べる量がぐんと減ったので、出るものも少ないのだろう。以前はぶっといウンコで、そりゃあたまげた。アインより小さくて細っこいゴマが、直径3センチもあるウンコをするのだから。太くて長くて重かった。それを一日に最低2回はしていたのだ。



キジ子は、私や夫が2箇所のトイレを掃除していると、じーっと見ていて、外からトイレの縁をガリガリやる。手伝ってでもいるつもりだろうか?

そしてその後さっと入る。小さなオシッコ玉。臭くない仔猫のオシッコ。全てが可愛い。

1999年11月26日
キジ子ウインク

Nov. 26, 1999

明日心おきなく休む為に、仕事を頑張って片づけて帰った。疲れるのは歳のせい?

今日は、生まれて初めて岡山土産の「きびだんご」を食べた。口に入れるととろけてしまうような、私の好かない柔らかいお餅だった。買ってきてくれた相手には「きびだんごを食べてやるから、家来になれ」と言ってやった。



キジ子と最後の夜だ。写真をたくさん撮る。もう、このひょうきんでお利口で可愛いキジ子は、うちの娘じゃなくなるのだ。この子はゴマを家に連れ帰ってから、あの部屋で生まれた唯一の娘だ。

先に生まれた3匹におっぱいをやるのに精一杯のゴマと、仮死状態で生まれた1匹を蘇生しようと一生懸命の私に代わって、夫がキジ子の羊膜をとり、体を拭いてやり、乾かしてやった娘だ。

そのせいか、キジ゙子は私より夫に抱っこされるのが好きだ。絶対、夫の事を母親だと思っている。ゴマの事は、友達か姉妹だと思っているようだ。おっぱい飲まなくなると、母娘のどちらもそうなってしまうのだから・・・。

今も取っ組み合いしていた。ゴマもまだ子供のようなものだし。母親である夫は、どんな気持ちでいるのだろう?

1999年11月27日
さよならキジ子
Nov. 27, 1999
遂にキジ子とのお別れの日がやって来た。

里親さんは、そのお母様が運転して埼玉県の狭山から車を走らせて来てくれた。どこの道も混んでいた。4時間近くもかけて、日吉まで来てくれたのだ。

これまでにもたくさんの猫を保護し、ご自身で里親探しをした経験もある方たちで、現在も年老いた面倒見の良い猫と犬を飼っている。猫のお話以外でも、もっとたくさんお喋りしたかった。これから長いお付き合いをして頂ける事を願っている。



キジ子も他の子と同様、キャリーに入れられても騒ぐ事なくいい子にしていた。ゴマは、一人残されてキョトンとしていた。

今日から思い切って、ゴマをアメショー家族と一緒にする事にした。人恋しくて仕方なかったのだもの、もう一人にはしておけない。



誰もいなくなった部屋を片付ける。バリケードを撤去して、2ヶ月ぶりに掃除機をかけた。ポロポロになった赤いお守り袋が、どこからか出てきた。さっき探したけど、見つからなかったキジ子のお気に入りの遊び道具だ。あとで送ってあげよう。



別れ際にやっぱり涙が出たが、4匹全員素晴らしい里親さんに貰われた幸せを思うと、もう悲しくない。

1999年11月28日
ゴマ
押入の中

Nov. 28, 1999

キジ子は早速「モンちゃん」という名前を付けて貰った。長旅で疲れたようだが、行った先の先住猫たちにも受け入れて貰えたようだし、あの子は賢い元気な子だから、きっと大丈夫。



ゴマは、アインに「シャー」されるとやり返している。ミュウとジーコには自分から「シャー」しているが、彼らはいたって温厚なのでおっとり構えている。

鼻先をくっつけて挨拶したミュウを、夫に抱っこされたままで「シャー」してポカポカ殴ってしまった。でもミュウは平然としていた。流石ミュウさま、太っ腹。



アインときたら「シャー」だけでなく、犬が「ウー」と唸るような音を出し続けて、今更ながら飼い主を驚かせる。そして私に抱っこして来て、下ろそうとすると「ニャーン」と抗議する。ゴマが来てから、ますます赤ちゃんになってしまったようだ。

人間の子供にもある事らしい。妹や弟が生まれると、それまでよりも赤ちゃんに戻ってしまうという事が。



ゴマはあまり食べず、部屋をウロウロしては鳴いている。仔猫を探しているのだろう。あっちの部屋に連れて行って、自分で仔猫がいない事を確認させる。

アインの飛び乗れない押入の上段を、自分のベッドに決めたようだ。

1999年11月29日
小さいゴマ

Nov. 29, 1999

ゴマはほんとうに小さい。小さい小さいと思っていたアインよりも、まだ小さい。なのにアインは、ゴマを怖がって威嚇するのだ。

それでも3日目にもなると、次第に無視する場合が増えてきた。すぐに仲良くならないまでも、お互いの存在を許し合えれば、まずは充分だ。あと少し。

しかしゴマの発情は本格的になって来た。いつもお世話になっている日吉の獣医さんに電話で相談する。

乳腺の張りがなくなってきたら、不妊手術が出来ると言われる。不妊手術を人間が決めてしまう事への抵抗も少しだけあるが、仕方ない。毎回産んでいては、母体だってボロボロになってしまう。

仔猫を生ませられる余裕があるなら、他の行き場のない猫達を引き取る・・・そう決めたのだ。今はこれで精一杯だが、いずれそういう犬・猫達の里親になりたい。



アインも一生懸命ガマンしているようだ。今まで以上に、全員に愛情を注いであげないといけない。



さっき、夫に自分から抱っこされに来たゴマに、アインが近づいて鼻先を合わせ、「シャー」ともせずにそのままクルリと私の方に戻って抱っこされに来た。

「アインちゃん、偉かったね」と誉めると、それが解かるのか解からないのか、また私の腕から出て、もう一度ゴマに鼻をくっつけに行った。

私のこの感動が判りますか?

一日の間に、こんなに進歩するなんて。箱入りアインはきっともの凄くガマンして、一生懸命優しく振る舞ったのだと思う。

あとはゴマ、ジーコを袖にしないでね。ジーコはあんたを好きなんだよ。

偉いねアイン

Nov. 29, 1999

1999年11月30日

ようやくゴマが他の子と同じトイレも使った。

狭い部屋に3つのトイレを置いてある。2つに減らせるなら、それは有り難い。昨日まではウンチも出なかったし、だいいちご飯をあまり食べなかったのだ。

今日はもう缶詰も食べるし、老猫用のカリカリも食べていた。まだ若いゴマにはシニアフードは不必要だが、ゴマ用のフードを高齢の猫達に食べさせる訳にもいかない。

狭い所でたくさん飼うのは、こういうところでも無理がありそうだ。別の部屋で食事という訳にもいかないし、時々栄養補給してやれば良いだろうか。



ゴマの離ればなれになった亭主のアカも、可愛がられてすっかりお坊ちゃま生活をしているようだ。アカのホームページがちっとも完成しないから、この辺でちょっとアカをお見せしておこう。

いい男アカ

Nov. 30, 1999
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