ゴマ

お母さん

Jul. 4,2001

今年の最高気温だったそうだが、梅雨はどこに行ってしまったのだろう?夜になっても気温が下がらない。雨雲カムバック!私の車のホコリを洗い流しておくれ(洗車しろって!)。

暑い夏が来る度、あの夏の事を思い出す。8年ほど前の夏、こうちゃんの会社の社長が殺された。ある朝、出社すると既に警察が来ていたと言う。そのまま警察に同行して、社員は全て容疑者として調べられた。殺害現場はオフィスだったのだ。社長は刃物によるメッタ刺しで失血死。TVで観て驚いた舅が私の仕事場に電話で報せて来た。まさか・・・と思い、会社に電話を入れるが誰も出ない。管轄の警察署に電話すると、直ぐに事情が通じた。しかし家族の電話にも出られないらしい。折り返し電話して貰いますと刑事が言った。電話は直ぐにきたものの、あまり話が出来ない様子だった。

夜になって私が帰宅しても、連絡がない。また警察に電話する。「昼間の刑事さんは、こうちゃんが第一発見者でったと言ったけど、本当なの?」と尋ねると「いや、違うよ。もう警察が来ていたからね。」と言う。「まだ帰れないの?」「判らないね」・・・その時はそれで終わり。それから何時間かして、またも私が警察に電話をする。「お昼や晩ご飯はちゃんと食べさせてくれたんですか?これじゃ、まるで容疑者扱いじゃありませんか?!さっき出た人は第一発見者だと言ったけど、そんな事聞いたら家族がどれだけ心配するか判りますか?」と責めた。ご主人に電話を入れて貰いますから・・・としどろもどろだった。こうちゃんは「奥さんが怒っているから、家に電話入れて下さいと言われたよ。」と笑っていた。しかしまだ帰れないらしい。

夜中の12時を過ぎた。すっかり怒り爆発の私はまたも電話する(今にして思えば、迷惑な奥さんである・・・)。「終電が終わったら、どうやって帰らせるつもりなんですか?うちは朝が早いんですからね。刑事さんたちとは違うんです!」ブリブリ怒ってやった。刑事さんはひたすら恐縮している。しかし腹立ちは治らない。

結局こうちゃんが帰宅したのは、夜中の1時過ぎだった。2階に上がってきたこうちゃんに「どうやって帰って来たの?」と尋くと「刑事さんが車で送ってくれた」と言う。ふ〜ん。当然だわね。しかしまだ続きがあった。「刑事さんが、奥さんにお詫びしたいと言っているんだけど・・・」と言うのだ。面倒臭いなあ・・・とブツブツ言いながら、わざわざミュウを抱いて(ミュウ大迷惑)ふてくされた様子で降りて行った。すると玄関には、私より少し若い感じのジャイアンツの村田捕手をもう少し可愛くしたような刑事が立っていた。何を話したのかは忘れたが、感じの良い礼儀正しい、体育会系の男性だった。現金なものだ。怒りは治っていた。(教訓:人には感じよく振る舞うものだ!)

翌日、その刑事さんがまた来て「**が自白しました。」と報告してくれた。やはり第一発見者で通報者が犯人だった。手には傷があったと言う。包丁が凶器の場合、自分の手にも怪我をする可能性が高いのだ。だから、最初から怪しんではいたと言う。しかし犯人が自白するまでは、他の社員も帰らせないでいたらしい。こうちゃんに容疑が掛かっていた訳ではなかっただけでも良し。直ぐに冷たいお茶を作って、おしぼりなんか用意してあげる。

それから毎日、その刑事さんはやって来た。とても暑い夏だった。わざわざ警察まで来て戴くのも大変だから・・・と、家まで来て事情聴取というのをやってくれたのだ。犯人の供述の裏付けを全て取るのだ。それはそれは細かい作業だった。この時には、私の記録魔がとても役だった。犯人が出張先で凶器を入手したと言っている日付の裏をとる為に、出張先から我が家に電話して来た事が日記に書いてあったのが少しは役に立ったのだ。何故そこまで書いてあったかと言えば「伊豆の知人から届いた伊勢エビを捌いて食べようとしていた時、**から電話があった。大変迷惑。」との記述があったのだ。何でも書いておくものだな・・・と思った。

刑事さんの仕事は大変だ・・・とつくづく感じた日々であった。毎日来て戴くのだから、私はせっせとご飯を作った。お握りにはちょうどあった時知らずの鮭を焼いて入れた。とても辛いカレーを出して喜んで貰った事もあった。社長の葬儀に行った時、別の刑事は態度が悪くてまたも腹立った事などもあり(もともと役人は嫌いだったし)、担当してくれた刑事さんが良い人で有り難かった。裁判が始まり、社長と犯人の人間関係や、社長の知られざる人物像が判るにつれ、犯人が少し気の毒になった事もあった。それを夜中にふと考えて、眠れないまま刑事さんに電話してしまった事もある。

刑事さんは「殺された**社長は、カワグチさんの仰有るような良い人という側面だけではなかったようです。それにしても、やはり人を殺すという事を許してはいけないのです。」と静かに言った。初日のショックよりも、この頃になって初めて恐ろしくなっていた。そんな我々の精神状態をも、この刑事さんは支えてくれた気がする。今でもあの刑事さんのファンだ。年賀状や異動の知らせを戴くたび、また会いたいな・・・と思う。

あの時の犯人は、模範囚だったらしい。13年かそこらの実刑判決が下りたが、もしかしたら既に出所しているかも知れない。犯人一家は、事件後直ぐに離散してしまっている。雇用問題にからむ憎悪が、殺人の動機だったらしい。殺してやりたい程憎いという気持ちは誰しも一度ならず抱く事はあるかも知れないが、実際に人を殺すという事には「狂気」がなければ実行までは出来ないような気がする。超えなければならない壁は、とても厚いはずだ。

あの夏の異常な体験を、暑い夜にはふと思い出す。あの頃、これがいつかは笑い話に変る事もあるかしらねえ?と不謹慎な事を言っては、気を紛らそうとしていた。もちろん笑い話には変る事はないだろう。離婚、失業、そして殺人事件・・・わずかな年月の間にこうした出来事を経験しているうちに、すっかり「一寸先は闇」と思うようになった。それは今でも変わりない。だからこそ、今を大事にしたいと思う。

あの時アインは刑事さんにもスリスリして、事情聴取のノートにも乗ってしまった。今だったらジャムが、ノートを噛みきってしまうだろうな。今我が家の紙という紙は、全てジャムの歯形がある。


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