マルコ

ご機嫌

Apr. 6,2003
しつこく昨日の奥歯の抜歯の話を続ける。今は朝。起きて2階に上がったばかりだ。

麻酔を打つ前に、「先生、抜くのは痛いですよね?」とバカな質問をしてしまった。兎に角怖いのだ。何たって、歯医者に行く前日には自分の掲示板で元歯医者のansanさんに、こういう症状の原因と考え得る治療方法を質問してしまった位だ。そんな漠然とした質問されても困るよね。でも抜かずに済む可能性を考えたかったのだ。気休めではあったけれど・・・。

石原先生は「以前にも麻酔が効き難くかったのを覚えています。でも神経の治療をする為の麻酔よりも、抜歯の為の麻酔の方が効くんですよ。」といつもの丁寧な口調で優しく答えてくれた。先生を信頼しているのだから、お任せするしかない。「抜いた痕はどうするんでしょう?入れ歯になるのでしょうか?」ともうひとつの疑問を投げかけてみた。すると「奥歯を2本抜いたら入れ歯にしないと駄目ですが、1本でしたらそのままでも大丈夫です。」と言う。入れ歯もインプラントも、考えると憂鬱だ。猫ばあばには怒られそうだが、インプラントなんて怖くてこの怖がりの私が出来るはずがないよ。

麻酔の注射も嫌いだ。しかし麻酔なしで歯を抜いて貰えるようなツワモノではない。それどころか、子供にも笑われる位に痛みには弱いのだ。世界で一番、痛みに弱い人間かも知れない。拷問なんか、される前にペラペラと喋ってしまうだろう。昔観た映画で爪の間に竹串を入れられるという拷問があったが、思い出しただけで怖い。

麻酔を打って15分程して充分に効いてきた頃、石原先生は「では・・・」と死刑執行に執りかかった。私の可愛そうな健康な奥歯は、ペンチのようなモノ(目を固く閉じていたので判らないが、多分そうだろう)で捉まれ、2〜3度大きく揺らされてあっけなく抜かれてしまった。力技である。最後の瞬間は、上の歯にペンチが当たる「ガチッ」という音で判った。抜歯そのものに痛みは無かった。しかし、その後がまだ長かった。

怖くて「何をしているのでしょうか?」とは訊けなかったのだが、感触からして抜いた奥歯の歯茎の内側を掻爬(悪い部分を掻き出すこと)しているのだと思った。それがだんだんと痛くなってきた。「歯肉挟みを下さい。」と技工士さんに言って一休みしていた時、「先生、ちょっと痛いんですが・・・。」と言ってみた。先生は優しく「あ、ごめんなさい。」と言って麻酔を追加した。麻酔は直ぐに効くだろうか?何でもかんでも怖い。その処置をしていると、喉のあたりに血が溜まるのが感じられる。唾液ではない。血は匂いで判るようだ。一刻も早く終わって欲しい。かなりガリガリ引っ掻いていたけれど、本当は何をしていたのだろう?そんなにやったら、麻酔が醒めたら相当痛いんじゃないかと恐ろしい。

その処置もやっと終わって、拷問台から開放されたら8時近くになっていた。抗生物質と痛み止めを出されて、支払いを済ませておしまい。月曜日には、早退して消毒に行かなければならない。フラフラしながら止血用のガーゼを噛み締めつつこうちゃんにフガフガと電話をして、駅まで迎えに来て貰う。まだ外は冷たい雨が降り続いていた。寒いので東急の食品街に入って迎えを待つ。九州の物産展をしていたので、あおさ海苔とその佃煮を買う。お粥を食べる羽目になったら、こういうものはきっと便利だろうな?と思ったのだ。こうちゃんは直ぐに来てくれた。「大変な目に遭ったね。」と無条件に優しい。道中で既に麻酔が醒めて、激痛が始まっていた。

痛みは勿論嫌だが、それよりも精神的なショックが強かった。手足をもぎ取られたような喪失感がある。健全な歯で、しかも歯槽膿漏ではなかった・・・それを抜歯せざるを得なくなった経緯を思うと、何故歯を失わなければならなかったのかと悔やまれて仕方ない。未練である。しかし歯は丈夫で虫歯すらないのに、抜くという結末に合点がいかないのだ。これは先生に対する不信感ではない。全く違う。ここまで自分を追い込んでしまった、自分のこれまでの月日に納得が行かない・・・と言った方が正しいかも知れない。歯は2度とは生えて来ないのだ。手足と同様に・・・。失いたくはなかった。

家に着いたら先ず薬を飲んでパジャマに着替え、簡単に事情を掲示板で報告してからベッドで寝た。アインとジーコが両脇を固め、ジャムが体の上に乗って落ち着いたけれど、それはこうちゃんが抱いてダイニングへと運び去った。痛みに耐えているうちに、眠ってしまったようだ。しかし10時には目覚める。お腹が空いている。食べなきゃ駄目だ。どんなに具合が悪くとも、食べる事だけは疎かにしない。薬を飲む為にも、ちゃんとした食事をしたい。でも作るのは嫌だ。今夜くらい悲劇のヒロインになって甘えていたい。こうちゃんに、レトルトのリゾットやフルーツの入ったヨーグルトゼリー等を買って来て貰う事になった。しかも筆談で注文するという念の入れようである。我ながら情けない性格。

こうちゃんの掌に、指で一文字ずつ書いていく。リゾットとプリンは直ぐに伝わった。しかし「たらみのゼリー」と書いたら、「たらみって何?」と訊き返す。どうやら、こうちゃんの頭の引き出しには、そういうボキャブラリーが仕舞っていなかったようだ。思うに「鱈の身」か何かが連想されるのだろう。「たらみ」とはメーカーの名前で、塩ビの押し出し成型されたデカい容器に入った、フルーツのコンポートやナタデココ等の入ったゼリーを買って来て欲しかったのだ。ボリュームがあり、口の中を汚さずにツルリと食べられて、しかもカロリーもありそうだから。

しかしそんな事を筆談で説明出来るほど、私は気が長くない。折角悲劇のヒロインとして口が聞けない状態だったはずなのに、どうして私の思う事が通じないのか苛々してきて、思わず「たらみのゼリーって言ったらたらみのゼリーなんだよっ!」と大声を出す。何と言う凶暴で恩知らずな嫁だろう。モノには言い方というものがあるはずだ。これではティラノザウルスと暮らしているようなものではないか。こうちゃん、ごめんね。でも上州オンナを嫁にした事を運の尽きと諦めてね。

という状態の昨夜であったが、寝る時にはちゃんとカワムラさんたちの部屋で寝た。カワムラが痛い私の頬に頭突きしてしつこく甘えるが、諦めて眠る事にした。抵抗すれば所要時間が長引くだけなのは、もう経験的に知っているから。

そして夢を見た。私はどこかのアパートの一室に住んでいる。窓が木枠にガラスを嵌め込んだ古いもので、きちんと閉めても大きな隙間が出来る。雨が横殴りに降っている。これでは雨水が入って来てしまう・・・と思い、ボロボロの雨戸を閉めようと苦労している・・・そんな夢だった。実はこの夢は、長年のレギュラーの夢のひとつである。一体どういう心理が、こういう夢を見させるのだろう?

目覚めたら快晴だった。痛みも大分鈍くなってきていた。よし。今日はもう大丈夫だろう。但し朝食にクロワッサンとソーセージの入ったロールパンを食べたら、奥歯を抜いた左側には一切食べ物が行かないように努めつつ右側だけで噛んでいたにも拘わらず、噛む動作自体が痛みを呼ぶようだ。10日には歓迎会があるのに、この分では行けないだろうな。存分に飲み食いも出来ない会に、5千円も払って出るのは嫌だ。私ってケチだな。しかし存分に飲み食い出来たとしても、仕事の時間外に寄り道するのは嫌いなのだ。まさに時は金なり。

リンリンとランランの搬送用のコンテナを買って来て(どの猫部屋にもお揃いで置いてある、大型のコンテナだ)、あとは日程の擦り合わせにかかっている。お嫁入り先は福岡県で、おニャアニャンが空港まで行くと言ってくれた。良かったね、リンリンランラン。同じような境遇のSOSの大人猫たちが最初に貰われた先が、福岡のおニャアニャンのところだった。あれからもう2年以上が経つなんて・・・。
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