テト
少年ぽい
Feb. 2, 2008 |
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2008年2月2日 土曜日
またしても痛感する。人は直ぐに自分が一方的に被害者だと思い込むものなのだと。
自分は完全に無罪だとまでは言わないものの、その罪は取るに足らないもので、相手の罪の方が遥かに大きくて許せないものだと思っているのだろう・・・と。
完全な人間はいない。誰もが欠点も恥ずべき部分も持っている。
私は自分の欠点や至らないところを、きっと多くの人達に許されて生きているのだと思っている。
有り難いと思う。きっと私を許してくれている人達と私との間には愛情や友情があり、お互いに認め合い・許しあっている部分があるのだろう。
綻びを繕い合ってこそ、信頼関係は続くものだろう。私が相手を許す以上に、私は相手から許されている・・・それを強く意識して生きているつもりだ。
他者からそうして戴いているからではなくて、謝罪している相手を許せない程には不寛容でも傲慢でもない。
性懲りも無く、同じ相手に何度でも「してやられる」のが私だから、おニャアニャンにも「大馬鹿」と笑われる。
私から誰かを「切る」事は無いと言ってしまっても過言ではない。むしろ、いつだって相手が私を「切り捨てる」のだ。
それ程に、相手にとって私はきっと罪深くて許し難い人間なのだろう。
でも、多分私が無自覚でしている悪行と比べて勝るとも劣らないような悪行を私に向かってされたとしても、相手が悔いて謝罪しているものを、もう懲り懲りだと言って「切る」事を私からはしない。
いずれはその人も「何か」に懲りて去っていくのかも知れないが、それならばそれで良い。私からは絶対に切らないから、ご随意に私を捨てれば良いと思っている。
「何か」とは、必ずしも私の中にあるとは限らない。
今まで大抵の場合、相手の心の中のやましさを私が気づかせてしまうからこそ、私は切られる事が多かった。
自分も許されているという自覚は、そういう人たちには無いらしい。だから私の事だけを許さず、修復の努力も試みも無いままに去って行く。
でも、そういう人たちとの関わりに於いては、それで正解なのだ。元より来るべきではなかったものである場合が多いのだから。
そうでないと、くだらないものが蓄積し過ぎてしまう。川底に分厚く溜まった汚泥は、やがて川を氾濫させてしまうだろうから。
しかし、たいした人達だったと思う。
羨ましい(勿論、皮肉だ)程の自己の正当化。自分だけは加害者ではないと無意識にだろうが思っている、その無自覚さとイマジネーションの欠如。
今更ではあるが、去ってくれて本当に良かった。私は日々煩わされる事が減り、周辺の空気も浄化された。
去る者は追わない。でも、来るものを全て受け入れてもいけない。無防備であり過ぎた失敗を踏まえ、猫たちを守る為に賢くならなくちゃいけないと強く思う。
でも、素直に非を認めて詫びる相手を許さないなんて事は、やっぱり私はしない。こうちゃんに心配ばかり掛けけれど、私は他人から傷つけられる事はないから大丈夫だよ。
いつも言う事だけれど、本当に怖い敵は自分の中にある。それを自制するのに、どれだけ努力と苦労が要る事か・・・。
色んな事が起こるけれど、私はここに居る。来るなら来い、去るなら去れと思うだけだ。
私は一人でも信ずる通りにやる。(実際は一人じゃないから、余裕かましているようだけど)
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テト
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