イオ
黒白にモテる
アタシ
Sep. 8, 2009
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2009年9月8日 火曜日
今日も暑い。
また台風が近づいて来ているせいか、湿度も高い。
今日、家庭ゴミの回収の作業員の人たちに「お世話様です」と声を掛けた時、昔の記憶が甦った。
私の実家は新しく出来つつあった住宅街の一番端で、庭の向うは駐車場も兼ねた空き地だった。
ゴミの回収車がうちの辺りに来るのはいつもお昼頃で、作業員の人たちはその空き地でいつも弁当を使っていた。
それに気付いた母は、お茶やお茶菓子、漬物なんか出していたのだが、雨の日もあれば、寒い時期や暑い日など外で食べるより、うちの広くなっている軒下の縁台ででも食べて下さいと声を掛けた。
それ以降、座敷にまで上がる事は無かっただろうけど(私は学校に行っていた頃なので、実際の場面は見ていないのだが)、いつもうちの1階のベランダのような場所で昼をとっていたらしい。
母はいわゆるお嬢さん育ちの「お高い」人だったくせに(そのエピソードもたくさんあるのだが)、嫁いだ先の気風に染まったのか、それとも実は根っからそうだったのか、お節介で人見知りせず、積極的に人の世話を焼いた。
余所の家の子供でも、たとえ通りすがりであっても、悪い事をしていれば「そういう事をしちゃダメでしょ!」と注意するし、良い部分は褒めた。
保険や新聞の集金の人たちにもお茶を出したし、上がって喋りこんで行く人たちだっていた。
父が設計し、屋根の無い鉄骨とコンクリートの味気ない家を建てて引っ越したばかりの頃、1階にも雨の掛からない広い軒下部分が欲しいという事で、追加で工事が入った。
その時の「鉄骨屋」(と母は呼んでいた)の若い社長は、ゴリラのように大きくてヒゲもじゃ、大きな目をギョロリとひん剥いて私達子供を睨むので怖かったのだが、まだ若くて綺麗だった母の事が気に入ってしまったらしい。
「俺は奥さんみたいな人が理想なんだ」とか「奥さんの写真が欲しい」とか「大好きだ」とか、ぬけぬけと言っていたらしい。
母は「私は、そんな汚らしいヒゲはやした人なんか大っ嫌いよ」とか「そんな事を平気で言う人なんて気持ち悪い」と、今のご時勢ではかなりヤバい事を言っていたようだ。
今だったら逆恨みされて、殺されちゃう事だってあるかも知れないのに・・・。
ところがある日、そのチェ・ゲバラのようなヒゲもじゃが、すっかりヒゲを剃ってやって来た。
「あら、アナタ、どうしたのヒゲは・・・」と母が聞くと、「だって奥さんが大嫌いだって言うから・・・」と目を伏せてしょげていた。
一家で大笑い。
悪い人ではないんだな・・・と子供ながらにも感じたものだ。
そんな逸話のある、実家の軒下だった。
2階のベランダまで大物の洗濯物を運ばなくても雨の日にも洗濯物が干せるし、ゴミ屋(私達は当時、そう呼んでいた)さんたちにも休憩して貰えるスペースになっていた。
弁当をつかうゴミ屋さんたちには、母が味噌汁を作って出すようにまでなっていた。
ゴミ屋さんの中には、まだ子供のような男の子もいたそうだ。昼間はゴミの車に乗って作業の補助をし、夜は定時制の高校に通っていたようだ。
その男の子が、ある日、修学旅行のお土産だと言って、七味唐辛子の袋を持って来たと言う。
「奥さん、辛いのが好きだから・・・」と、男の子ははにかんで言葉少なに言ったそうだ。
母は、ゴミ屋さんにお出しする漬物にも盛大に七味を振りかけていたのだろう。
自分が好きなものは、他人も好きに決まっていると思うような、いや、思う以前に当たり前にそうしてしまうような母だったから。
よく父に、「美味しいから食べなさい・・・なんて薦めたって、梅干なんか嫌いな人だっているんだから、親切の押し売りだ」と言われていたけれど、そんな事を意に介する母ではなかった。
働きながら高校を出ようとしている無口で垢抜けない男の子のお土産を、きっと母は凄く嬉しかっただろう。その子がいじらしく、可愛く感じていただろう事は想像がつく。
ところがある日、以前のように駐車場で弁当をつかい始めたのを見て、「どうしたの、こっちで食べればいいのに」と声を掛けると、悲しい現実を知らされた。
役場から注意をされて、個人宅の敷地で弁当をつかうことを禁止されたと言う。
いつも**さんのところでサボっている・・・と、近所の誰かが役場に電話で告げ口したらしいのだ。
昼休みに、弁当を食べる時間くらい、住民の好意で軒下で過ごしたって良いじゃないか。
母は憤慨していたけれど、その事で役場にものを言っても、どうにもならなかっただろう。
平和な昔の田舎町でも、裏ではそんなネガティブな他人の感情も渦巻いているものなのだな・・・と私は辟易した。
まだその家に引っ越す前、駅前の通りに面した家に住んでいた頃、お祖母ちゃんが軒下で雨宿りしていた女子高生たちに傘を貸し、ついでにおにぎりを作って食べさせたエピソードも思い出した。
私が小学校から帰って来て「お腹空いた、お味噌のおにぎり作って!」と言うと、「冷ご飯が無いんだよ」と言う祖母。いつだって大量にご飯を炊いて、いつだって冷ご飯がある家だったのに、どうして?と聞くと、そういう事だった。
血の繋がりはないし、姑と嫁の確執も世間並みにあったはずだが、母は嫁いでから祖母が亡くなるまでの僅か11年の間に、どんどん祖母と気質が似て行った。
私も10年余りを、舅・姑と暮らした。
それはそれは「濃い」月日だったものの、少しも似て行く事は無かったと思う。
決して似てはいけないとも思う。
これまでに書かなかったエピソードもたくさんある。いつか書いてやろう・・・と思うだけで溜飲を下げていた事もたくさんある。
でも、今こうして自由に猫を増やし、家中を自由に使い、好きな時間にシャワーを浴び、外食もしようと思えば自由に出来る生活に浸っているのだから、今更不愉快な事を思い出してもなあ・・・と思う。
ま、面白半分に、暇が出来たら書き留めておこうかな・・・とは思うけれど。
こうちゃんが寝ている。傍らにジャムが寄り添って寝ている。
アンダもゴマも眠っている。1階の猫たちもみんな寝ている。
幸せだなあ・・・と感じる瞬間だ。ノー・モア・ロンリー・ナイト・・・そういう事だな。 |
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Sep. 8, 2009 |
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