《CAT'S EYES & CAT'S HANDS》猫雑記
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ルス

寒い日に
似合うアタシ

Apr. 15, 2010
2010年4月15日 木曜日

真冬のように寒い。

4月ももう中旬だというのに、まるで2月の寒さだ。






私は勝手に昨夜こちらでお通夜をしていたのだが、あちらでの正式なお通夜は今夜だった。

昨夜、妹は既に斎場入りしていた父の隣で寝、その妹の傍らには駆けつけてくれた友人が夜中近くまで一緒に居てくれたそうだ。

妹には良い友人がいる。

長く辛い苦しいインターフェロン治療の半年間も、陰になり日向になり・・・妹を支えてくれた友達が何人もいた。

姉として、どれだけ有り難い事か。本当は私がしなければならない事なのに。






お通夜や葬式の慌しさは、私も知っている。

祖父母の時には子供だったけれど、この家で舅を送った時には一切合財を取り仕切った。そのバタバタとした忙しさは、悲しみを一時紛らせてくれる。

母や妹も、昨日から何やかやと手配や連絡、そして弔問客の対応に追われ、休む暇も泣いている暇もなかったに違いない。



こちらでいつも通りの生活をしている私は、時々父を思い出し、父に詫びては泣いている。

でも、8年間も帰省する事の無かった、そして父の看病のひとつもしなかった私に、泣く資格なんかないのかも知れない。

妹は自分の病にも拘らず、父の何度かの入院の度に奔走し、母を支え、自宅療養に入ってからも毎日実家を訪れては両親を助けた。



今回だって、決して体調が良くないのに、母の負担を減らそうと大活躍している。

何も出来ない姉、居ないに等しい長女・・・それが私だ。

前々からこの事態を予測して宣言していたとは言え、実際にこうなってみると身の置き所がない位に情けなく申し訳ない。

後先考えず、田舎に駆けつけていたら、ずっと気楽だっただろう。

但し、今の私の体調と猫達の状態を考えると、それは破滅的な結果に繋がるのは確かだ。



母も妹も、そして遂に会わずに終わってしまった父も、私を許してくれている事は解っている。

それでも消えない忸怩たる想い。

その想いは無理に消そうとしてはいけないのだと思う。必要以上に自分を責めたり増大させて形を変えていくのではなく、その想いをそのままの形でずっと抱えて生きるのがきっと正しいあり方なのだとも。






今、ふと気付いたら腫れていた方の顔に頬杖をついていた。

顔面と顎の痛みが嘘のように軽くなっている。




死んだ父は、20年前、私が転職しようとしていた時に電話で言った。

「お前は乗り手さえ良ければ良く走る馬だ。俺がこっちから気を送っているから、思い切ってやってみろ」



その転職は私にとってかなり大きなチャレンジで、成長に繋がる厳しい努力を強いられ、そして苦しかったけれどある程度の手応えと実績を残せた。

そして、そこでこうちゃんとの出会いがあった。それが最高のギフトだった。

ギフト・・・それは神様からでもあり、父からでもあったと思う。





滅多に会えないし、子供の頃から殆ど顔も合わさず話なんかろくにした事も無かった父からの励ましで、私の人生は変わったと言える。

きっと父は、あの後もずっとこの無鉄砲な娘に強い気を送り続けてくれていたのだろう。

自分が患ってからも。



父は、私のどうしようもない痛みを少しだけ持ち去ってくれたのかも知れない。






子供の頃から身近に触れあった事もなければ、父と一緒にどこかへ遊びに行くなどという事もなかった。家族サービスなどという事とは無縁の仕事中毒の父で、休日も出勤する事が多かった。

朝は7時には家を出て、帰宅は深夜、家に居ても言葉を発する事は殆ど無くて、深夜の夕食の後は書斎に籠ってまた仕事をしていた。



そんな父とまともに話をするようになったのは、私が家を出て一人で暮らすようになってからの事だ。

深夜まだ会社に残って仕事をしている時に、年に1〜2回だけど電話をくれた。

父と話す内容は近況報告などではなくて、とても抽象的で観念的な事ばかりだった。どう生きるべきか、何を大切に考えるべきか、そして何を恥ずべきか・・・。

それは私の中に根付いて、今では根幹となっている。



父は自分のDNAを、血によってだけでなく、言葉と生き方を見せる事によって、自分の娘にちゃんと残せた。

それを思うと、まんざら親不孝なだけの娘ではないじゃないか。父にとっての精神的な幸せの一部を、ちゃんと担った孝行娘という一面もあるじゃないか。



「まあそういう事ですかね」

父はいつものように半分茶化して、そう言ってくれるかも知れない。



長い年月を父と過ごした母や妹と違い、19年間しか一緒に暮らす事が無かった上、闘病に立ち会う事の無かった私には、父の良い部分しか見えていなかったかも知れない。

けれど、父の大きさや父の美意識だけを思い起こす、そういう役割でいる事が、私から父へのギフトだ。

母と妹に申し訳なく思う気持ちに少しも変わりはないけれど、父への私からの最大の餞は、この想いだけなのだから許して欲しい。






10年以上も前に父の遺影用に撮った写真のプリントを、私も1枚貰ってある。

それをミュウやカワムラさんたちの仏壇に、一緒に飾ろう。毎日、こうちゃんがおつとめしてくれる。私も手を合わせ線香をあげる。



そして全員の遺影に向って、私は謝る事ばかりなのだ。

情けないね、まったく。
ルス

何かあったの?ママ

Apr. 15, 2010
ルス

聞いてあげるわよ

Apr. 15, 2010

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