2014年4月16日 水曜日 (禁煙598日目)
何がきっかけで、どんな感情が湧き出て来てしまうか解ったもんじゃない。
妹とだけ話すホットラインのケータイ。
そのケータイを充電器から取り上げた瞬間、あの晩に見た、母のケータイが充電器にセットされている光景がまざまざと思い出された。
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ルス レ~ロン
Apr. 16, 2014
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ルス ぎゃはは
Apr. 16, 2014
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あの晩と言うのは、母が死んでしまったとの報せを聞いて実家に駆けつけた、あの晩の事だ。
母もそのケータイで話すのは妹と私だけで、あとは私と同じく家の固定電話を使っていた。
だからそのケータイに掛って来るのは、妹か私からの電話だけだった。
母のケータイは、妹と私の電話をいつもその場でスタンバイしていたのだ。
そう思ったら、母の想いが胸に迫った。
母はあの年代の人が大抵そうであるように、少しもじっとしておらず、いつも忙しくしていた。
子供を育て、舅・姑の寝た切りの介護を一人で務め上げ、華道と料理を教え、ボランティアに勤しみ、そして父に尽くした。
私が電話しても来客中だったり、常にやる事があって忙しくて、なかなかゆっくりお喋り出来なかった。
だから父が死んだ後も、母が明るく前向きな母の様子に安心し、よもや寂しいなんて事は無いだろうと思い込んでいた。
バカだなあ、私。
そんな事あるはずないじゃん。
母は父の1周忌を済ませた直後、私との「じゃあまた明日ね」と電話で約束したその約束も、妹と「明日(の晩ご飯)はヒレカツだよ」と言っていたその約束も破り、無断でさっさと父のもとに行ってしまった。
3年前の今日は、まだ母は生きていたのだ。
その事が不思議でならない。
死んだ事はいつまで経っても腑に落ちないくせに、母がほんの少し前まで生きていた事が信じられない。
矛盾するようだけど、それ位、母の死は決定的に私達姉妹にダメージを与えたので、生きていてくれた恵まれた頃があったなんて信じられない位、母を失った喪失感は埋め難い。
誰もが、母親を失うとこんな感じなのかな。
私だけ特別なんて事は無いはずだ。
誰もが通る道なんだよね。
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また名前忘れた青い花 Apr. 16, 2014
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毎年、花の名前を忘れてしまうというのは、どういう訳だ。
脳ミソが腐っているのか。
それともこれが老化というものなのか。
或いは、覚えようとする努力に真剣実が足りないのか。 |
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