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2016年2月2日 火曜日 |
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又してもご無沙汰いたしました。
こうサボってばかりいると、もはや更新など全く期待されていないかも知れませんが、それでも自分をチューニングする方法として、出来るだけ書こうと思います。
見て下さっている方、心から感謝します。
時間がない時でも、精神的に書けそうもない時でも、それでも毎日必ず書いて来た15年間だったのに、ここ数か月は肉体的に不可能な状態が続いてしまった。
だけどその事は、サイトをやめる理由として自分を納得させられるだけの重みも感じられず、さりとて妨げている問題解決となる目途もたたず、ただ「結論」を先送りしている。
でも、それはそれできっと私の人生の季節のひとつとしては必要な時なのだと思う。
渦中にあっては意味が解らない事でも、振り返ってみて、あれは必要なプロセスだったのだと思えて来る事も多い。
数々の失敗や挫折、回り道・・・そういうものも、時が経てばそれも自分の紛れもない人生の一部であると、慈しめるようになる事もあるのさ。
楽観的でいたい。
それに精神的には問題を抱えている訳ではない。
専ら肉体的な問題であって。
いや、違うか。
大切な友人の余命が幾許も無い事を突然知って以来、そのこと自体へのショックと悲しさは勿論の事、自分の命が尽きる事への不安や、それにまつわる諸々の課題が頭の中にいつも渦巻いてしまっていた。
そんな毎日にあっては、日々のルーティーンをこなす事しか出来ず、日記など書く気持ちが起きない日もあった。
今はどうなんだろう。
いつまでも自然に任せていても何も変わらない事が、もう嫌になったかな。
力技で自分をアグレッシヴな状態に持って行く為の何か・・・それをしないではいられないところまで来てしまったかな。
ぐだぐだと言い訳しましたけれど、兎に角、毎日何とか生きてます。
相変わらず、年老いた我儘な猫様たちに蹂躙される24時間です。
ますます蹂躙され、時間もエネルギーも使い果たしてはいるものの、それは少しも嫌な事ではなく、むしろ紛れもない幸せの時なんだと思える。
眠くてフラフラになりながら、夜明け前のキッチンでお湯を沸かし、熱い湯を冷えた飲み水に足して回る時。
水の容器を捧げ持っている私の心を確かめるように何度も何度も見上げたり、容器を持つ手にスリスリしたりしながらたっぷり無駄な時間をかけ、なかなかこちらの思うようには集中してくれないジャムに水を飲ませている時。
さっき世話をしてから1時間も経っていないのに、もうゴマに大声で呼ばれて、ご飯か水か、トイレの世話をしている時。
家中に30個以上あるトイレを、日に何度となく掃除して回る時。
そして7室30匹の猫たちのそれぞれの姿を見ながら、或いは撫でながら、抱きながら、この「時」は永遠には続かない事を考える時。
そんな時、どれだけ今が眠くても、喜んで自分の人生を蹂躙されたいと思う。
そうだ、幾らでも蹂躙されたい。
後になってから悔いないように・・・いや、どれだけやろうと悔いる事に違いないのだけれど、逃げているとどんどん自分を嫌いになるばかりだからな。
この上なく嬉しいじゃないか、自分が必要とされているかの実感がひしひしと感じられる日々を送れるなんて。
残念ながら、父や母にはそれを実践出来なかった。
尤も父も母も、あっさりと死んでしまったので、所謂「介護」の日々は存在しなかったのだけれど。
しかし父が肺炎で入院した時など、妹は忙しい会社勤めの身でありながら病院通いし、父の時も母の時も葬儀から何から一切の対処をしてくれて、もう一生頭が上がらない。
その間、長女たる私が何をしていたかと言えば、今と同様で、猫様たちのお世話をしていたのだ。
もう軌道修正は出来ないな、この人生。
修正したい訳ではないけれど、出来なかった事、挑戦すらしないで逃げてしまった事への悔いは、人並み化それ以上にあるよなあ・・・
ま、仕方ない、消しゴムで消して書き直せるものではないのだから。
これも私の、それなりに一生懸命やった(つもりの)歴史なのだ。
歴史を誤魔化したり、都合よく美化してはいけない。
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テト 美化しちゃダメ?
Feb. 2, 2016
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テト 少しくらいいいじゃん?
Feb. 2, 2016
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ペロ ボクも同感よ
Feb. 2, 2016
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テトとペロ・・・どちらも生まれて間もなく捨てられ、優しい人に保護されて、仔猫のうちに我が家にやって来た長毛の野良・・・という共通点がある。
そしてどちらも「運び屋」でイタズラ、お子様気質だ。
仔猫で来て「可愛い、可愛い」と人にも大人猫たちにも可愛がられ、甘やかされ過ぎたせいかな。
もうどっちもオジイサンなのに、今もまだ仔猫のつもりでいるようだ。
猫はいいね、年老いても美しくて。
昨年は、秋にシクラメンを新しい土に植え替えておいたせいか、とても良く咲いた。
庭に出しっ放しなのに、本当に元気だ。
きっとうちの庭が「合った」のね。
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真綿色のシクラメン Feb. 2, 2016
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真っ赤なシクラメン Feb. 2, 2016
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小さな鉢を安く買ったものだったけれど、こう何年にもわたって生き延びてくれて、しかも立派な花を咲かせてくれていると、どんどん愛しく思えて来る。
ますます大切にしたいと思う。
一番寒い季節だけど、我が家の庭木は例年通り花をつけている。
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色とりどりの小さな蕾 Feb. 2, 2016
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開くと白い花 Feb. 2, 2016
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これからは、どんどん春が近づいて来て、庭でも隣接する公園でも、春の息吹を感じる幸せが満ちるだろう。
ヨタヨタしながらも生きていられる事に感謝したい。
どうかみんなが幸せに生きられますように。
色々と書きたい事はあるのだけれど、また近いうちにきっと・・・いや、多分。
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