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2016年7月25日 月曜日 |
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朝ご飯を食べ終わる頃までは、元気を出してしっかりやろうと思っていた。
悲しくとも、時々泣きながらでも頑張れると。
でもダメだ。
もう耐えられないよ。
だって・・・
ガラとレン、リマは、もう先が長くなさそうだ。
レンとリマは大分前から年老いて弱り、痩せて小さくなっていたので、今年いっぱい持つかどうかという感じだったけれど、急激に弱っている。
ガラは今朝までは元気だった。
だけど昼には、あと数日持ち堪えられるかどうかという感じで・・・おそらくダメだろうと話している。
状態はあまり詳しく書きたくない。
でも、仮に大捕り物をして大きなストレスを与えて病院に連れて行けたとしても、検査ひとつ鎮静を掛けずに出来る子ではない。
死にそうな子に興奮させ、命を縮める事はしたくない。
簡単な検査では済まない事も予想されるし、治るものでない事も解る。
医学で救えるものではないと判断した。
むしろ良くない結果になると。
チャイの時は、もう通院も投薬もやめて穏やかに死なせようと決意した途端に落ち着いて、今も元気に生きている。
ゴマにも通院と治療はやめて、好きに過ごさせた結果、あと数日と踏んでから2年以上生きた。
生きる長さでは無く、望む生き方をさせたい。
その為の手伝いとケアをする事に決めているんだ。
挫けそうになり、先生に何とか生かして欲しいと泣きつきたい。
でも、ビルの時のように、辛い不安な入院だけさせて飼い主だけが気持ちを少し軽くするような事はしたくない。
結局、打つ手がないので家で死なせた方が良いという結論だった。
そう露骨には言わないけれど、そういう事だったんだ。
そしてその通りになった。
みんなが年老いて病気が出て来ている。
大切な我が子が続々と死ぬ。
耐えられない。
でも耐えるしかないんだ。
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プティ そうだよ、耐えるしかないよ
Jul. 25, 2016
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メラ 解ったような事言って、生意気よアンタ
Jul. 25, 2016
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プティ へえ、すんまへん
Jul. 25, 2016
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あら、プティ君、久々の関西弁ね。
みーちゃんが死んでからというもの、アンタの関西弁が聞けなくなっていたよね。
大丈夫、ママにはパパがいて、しっかりと支えてくれているから。
でも、一人の人は苦しい時どうやって頑張っているんだろう。
私も、こうちゃんが死んでしまっていたら、どうしていたんだろう。
いつかこうちゃんが先に死んでしまったら、どうすれば良いのだろう。
それでも生きて行くしかないんだよ・・・とこうちゃんは、入院する前日に言った。
私は身体の具合があまりにも良くなくて、あの日、ベッドに寝たまま、もう生きていたくないと泣き言を言ったのだ。
その翌日、突然こうちゃんが腹膜炎で死に掛けた。
危篤状態で意識が無い時、幽体離脱のような夢を見ていたと言う。
目を閉じると一瞬で家に戻り、猫の世話をしていたのだと。
死にたい位に具合の悪かった私が、絶対に一人では無理だと思えた猫の世話と通院をこなせていたのは、火事場の馬鹿力というだけじゃなくて、こうちゃんの生霊が憑いていてくれたのかも知れない。
そうだ、そうに違いない。
だとしたら、死んでも今度は死霊が憑いて支えてくれるかな。
私が先に死んだら、必ず幽霊になって、こうちゃんの傍に居るようにするよ。
死の話題ばっかりで、ホント、スミマセン。
あまりにもたくさんの死が続いて、こういう日常になってしまっているみたいだけど、こうして口にして少しずつ覚悟を固めているんだと思います。
愛する我が子にずっと生きていて欲しい、でも必ず死ぬし、それは遠い事ではないし、突然の事かも知れない。
自分も死にたくない、でも必ず死ぬのだから今日をどう生きるか、何を残さずしておくべきか・・・
毎日、毎日、それらを肝に銘じて、弱い自分の心をなめす作業のようなものなのだと思います、この日記は。
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