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2016年8月12日 金曜日 |
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リオ五輪、卓球男子シングルス3位決定戦で、水谷選手はベラルーシのベテラン選手に勝って銅メダル獲得。
おめでとう。
スピーディで力強いラリーは迫力満点、怖くて見ていられない程だった。
ネット上では水谷選手が波田陽区に似ていると話題になっていた事を知り、みんな同じような事を感じるんだなあ・・・と思った。
水泳男子200メートル個人メドレーでは萩野選手、400メートル個人メドレーの金メダルに続いて銀メダル獲得。
まだ21歳だと言うから、東京五輪の頃にはフェルプスに代わって「怪物」と呼ばれるようになっているといいね。
4年後なんて、あっという間だろうね。
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ジャム 4年後ってあるのかな?
Aug. 12, 2016
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ジャム どうでもいいや、眠いし・・・ Aug. 12, 2016
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悲しいけど、ジャムに4年後は無いと思う。
・・・そう書いてしまったら、悲しくて何もしたくなくなった。
バカだなあ、私。
かつてまだミュウが若くて元気だった頃、ミュウが死んだ時の事を考えただけで悲しくて会社を休みたくなる・・・と言ったところ、動物には優しいヨウコちゃん(当時の同僚でアカの里親)が「当然です」と言った。
もし4年後も生きていてくれたら、ジャムには金メダルをあげけようね。
今だってあるんだよ、ジャムにだけ特別に金のハートが。
悪性化も知れないと言われた腫瘍の手術の後、ご褒美に買ってあげたんだ。
でもその後もまたもっと大きな手術をする羽目に・・・
よくぞ無事に乗り越えてくれた。
死ぬときは何をしたって死ぬし、死なない時は何もしなくても死なない・・・こう書くと当たり前過ぎるけど、そうなんだろうと思う。
最近ではボケてしまったのかと思う瞬間もあるし、間違いなくジャムも衰えている。
油を塗ったかと思う程、ピカピカ艶々の毛並みは、脱脂したようになって来た。
体重も全盛期の2/3くらいだろう。
いつかみんな死ぬのは仕方ないとしても、どうか時がゆっくり過ぎてくれますように。
叶わないと知っていても、そう祈らずにはいられない。
でも、私の心掛け次第では、同じ長さの時間の過ぎ方が、あっという間にもゆっくりにも感じられるはず。
のんびり行きたい、これからは。
ジャムの金のハートは、長期間ずっとエリザベスカラーを着けていたら首の周りの毛がすっかりハゲてしまい、もうネックレスも首輪も何もしないと決めて、残念だけどお蔵入りしてある。
私のピアスにでもしようかな。
あんまり期待していなかったリオ五輪だったけど、いざ始まると連日熱い想いで見てしまう。
自分が若い頃にはこんな事は無かったと記憶しているが、若いアスリートたちの頑張る姿を見ていると、こうも感動するのは何故だろう。
歳をとる間には愛するものとの別れをたくさん経験する。
そして自分の死というか、自分の人生がもう残り時間少ないと意識し始めるようになる。
致し方のない事なのだけど、そんな侘しい悲しいものが堆積して来た心には、若者の生き生きと躍動する姿に生命のほとばしりを感じる。
それは妬ましいほどに眩しく、縁も所縁もないとは言っても頼もしく、そして老世代の希望でもある。
希望とは、自分の一生で実現出来るものに関してだけ言うべきではない。
自分という地球の垢が剥がれ落ちても、微生物のエサの一部くらいにはなるであろうという達成感と安堵、そして新たな進化を遂げる生命体が出て来るという希望だ。
そんな希望なしには、生まれ落ち、いっぱい苦労してたまに楽しくて、あっという間に死ぬ人生など虚しくなる。
ちゃんと微生物のエサになれるという喜びは、生まれて来た事、生きる事の意味を肯定してくれるのだ。
もうちょっとマシな事が出来る場合もある。
それはゴミ拾いかも知れないし、献血かも知れない。
野良猫の避妊がそうである場合もあるかも知れないし、被災地ボランティアかも知れない。
金メダルやノーベル賞が獲れなくても、私達には生きる価値があるんだ。
そんな程度じゃ満足出来ないで「生きる意味が解らない」などとほざくのは、大いなる奢りでしかない。
一体自分をどれ程のものと己惚れているのか。
ノーベル賞獲ったところで、たかだか微生物のエサよ。
地球の歴史の中ではね。
それでも希望がある。
自分はあっという間に死んで行っても、新しく生まれて来るものに対して遠い遠い因果でも、針の先の100億分の1ほどの大きさしかない因果であっても、自分の存在はきっと生かされていくのだ。
若者の活躍に触れて感動するのは、実はそういう事なのかも知れない。
こじつけ?
まあ、こじつけとも言えるけど、それでもかなり真実だと思う。
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