2018年3月4日 日曜日 |
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今日も暖かくて、3月下旬頃の陽気だとか。
これでは桜が早く咲いてしまうのではないかしら。
寒くても、雪が降っても風が吹いても、暖かくなり過ぎても、花が咲く前も咲いてからも、とかく気が揉める。
これが桜に対する日本人の心持ちなんだろうな。
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2013年のルス 桜と言えばアタシよね
Mar. 4 , 2017
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そうね、ルッちゃん、貴女は桜と同じくらい美しかった。
ジャムと同じくらいフォトジェニックで、強くて優しかった。
考えると悲しくてダメだ。
辛さや悲しさが勝ってしまい、猫の話題に触れたくない。
それがサイト閉鎖を考えた一番の理由かも知れない。
猫に触れない「猫雑記」・・・それでいいのか。
まだ私の中でスッキリと結論は出せない。
とりあえず猫以外の話題中心に、日記を綴って行こうと思う。
先日、坂東玉三郎の「京鹿子娘道成寺」を、踊りだけでなく本人の解説たっぷりで構成したTV番組で見た。
この演目は、1人の女形が1時間もの長丁場を、次々と衣裳やテーマ(なんとまあ十五段まであるのだ)を変えて踊る歌舞伎の大曲だ。
この「娘道成寺」の下敷きとなってるのは、ご存知「安珍・清姫伝説」であり、能の「道成寺」だ。
白拍子の娘「花子」が道成寺の鐘供養に訪れ、舞を次々に披露するうちに鐘に飛び込み、蛇と化して鐘の中から現れる。
つまり白拍子は、清姫の怨霊であったのだろうか。
15段に分かれているとは言え、1時間もの長い踊りを女形一人で踊り切る。
相当の体力と技量、そして精神の緊張が求められるようだ。
実際、西洋のバレエやダンスにも匹敵するような、美しいポーズの決めが幾つもあり、あまりの美しさに釘付けとなった。
そしてあどけない娘から、成熟した大人の女性の複雑な感性までを、踊りの所作と表情の中に見事に見せている。
「清姫」の叶わなかった恋心と激しい怒りが、殆ど無表情のまま踊る玉三郎の中にチラリ、チラリと垣間見られる。
それは美しくも恐ろしい・・・いや、逆かな、恐ろしくも美しい。
これぞ、まさに玉三郎という稀有な女形役者の真骨頂だ。
衣裳と小道具を用いて踊る舞台も素晴らしかったが、化粧も鬘もなしの素顔で、お稽古用の着物で説明しながら踊って見せる様子がまた美しい。
下品にならない色気や怒り、そして切なくも激しい情念・・・そういうものを過度に表現せず、ギリギリまで抑えながらも、観客の心に充分に伝えてしまう。
見事と言うしかない。
しかも玉三郎自身による解説には精神的な深みも感じられ、改めて玉三郎という歌舞伎役者の修験者のような生き様を見せて貰った気がする。
こんな素敵な番組があったのかと、夜中に二人で感動して観た。
たまたま少し前、12代目市川團十郎とその息子市川海老蔵の、パリ・オペラ座公演のドキュメンタリーを再放送で観たばかりだった。
生前は別に好きでもなかった市川團十郎だったのに、その芝居の上手さ、芸の奥行きの深さ、重厚なだけでない諧謔味や滑稽さに改めて感服した。
面白いのだ、團十郎の芝居は。
心から歌舞伎というものを楽しめた。
それと比べて若い海老蔵の芸の薄っぺらい事。
大声で声を出すと甲高くて、早口が芸になり切れておらず耳障りだった。
あれから10年ほど経った今がどうなのか知らないけれど、妹はつい近年、海老蔵の「切られ与三」を観て来たけど、私と同じ感想を持ったと言う。
その際の「お富」が玉三郎だったそうだ。
ともあれ、義経があまり好きではない私としては、「勧進帳」など全然面白いとは思っていなかったのに、團十郎の弁慶の複雑さ・面白さを観て、ガン!と頭を殴られたような気がした。
折角同時代に生きていたのに、團十郎の生前、もっと見ておけば良かった。
66歳で亡くなったなんて、早過ぎる。
玉三郎の番組を観た翌日、妹にメールした。
あの番組の再放送が3月5日の昼にあるので録画して欲しいと頼んだ。
うちのDVDプレーヤーは壊れてしまったらしく、今まで見られたDVDが再生出来なくなった。
これも買い換えないといけないのだけど、近いうちにPCとディスプレイも、それからバックアップ用に勧められた「NAS」とかいう記憶装置も買わなければならなくなるだろう。
春には車の保険更新も自動車税もあるし、車検はいつだっけ?
衣類乾燥機も買い換えたばかりだし、DVDは後回しだろうなあ・・・。
それにしても、どうしてこう次々と物が壊れるんだろう。
乱暴に使ったりしていないのに。
次は何だ?
湯沸かし器も、エアコンも洗濯機も、PCもみんなある日死んだからな。
電化製品なんか嫌いだ。
と言いつつ、小型冷蔵庫はAmazonで今日、注文した。
翌日(明日)には届く予定。
流石のAmazon、プライム会員の無料お急ぎ便だよん。
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夜廻り猫 1,2巻(3巻も出てるよ)
著者:深谷かほる |
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