《CAT'S EYES & CAT'S HANDS》 猫の為の情報

白血病のネコを飼っている人達の体験とメッセージ

case 3 みゆきさんより


家では、白血病に感染したり、同時に居た猫が多いので、まず、猫の紹介をします
  ☆1992年12月20日 キャンディー(現在も家に居ます)
  ★1996年 8月     チッチャイノ(小っちゃいの)
  ★1997年 7月 7日 マメ
  ★1998年 4月28日 トラオ
  ★1999年12月25日 リュウ(龍)
  ☆2001年 4月28日 ガブ(ガブリエル・現在も家に居ます)
上記の様に、次々と、家族に拾われて、家に住むことになりました。


★・・・・・マメの場合(1997年7月〜1998年7月)
まだ、生後まもなく、目が開かない状態で、川に流れているのを見つけた時、へその緒が取れた後が、化膿していました。そして、1ヶ月たっても、治る気配が無く、病院に行って、化膿止めをもらって、やっと治りました。鼻水も、いつまでも出ていたし、弱い猫でしたが、母乳を飲めなかったから、感染症に弱いのだと思っていました。

それでも、オスだったので5キロを越えて、1歳近くなった頃、突然オシッコをどこにでもするようになりました。弱かったので、不妊手術がしてなかった為に、マーキングを始めたと思い、手術の予約をして、病院に行ったのです。でも、数日前から、呼吸が変なので、獣医にたずねると、すぐにレントゲンを撮りました。診断は、「肺水腫です。肺にたまった水を、抜いて、様子を見ましょう。」との事でした。危険を伴うといわれる麻酔をかけて、肺から水を抜きました。でも、病院で酸素を吸っている間は、穏やかな顔でいるのですが、家に帰ると、呼吸が苦しそうで見ていられません。ミルクで育てた猫で、とにかく可愛いくて、できるだけのことをしようと、入院させました。

でも、数日後、「全く食べなくて、点滴してるけれど、栄養が足りない。」と言われて、連れに行くと、痩せて別の猫になったマメが、ケージに居ました。すがりついてくるマメを見て、失敗したと、あわてて、連れて帰って、その後は通院にしましたが、体力が落ちていて、数日後には、病院で治療中に、逝ってしまいました。家に来てから1年目の7月7日の、すぐ後でした。

病院に行くと、無念さで鬼のような顔をしたマメがいました。マメは、目が開いた時から、一緒だったので、家族に対して依存心が強く甘えん坊でした。だから、入院中に、生きる気力を、無くしたのだと思いました。マメの死に顔を見て、「これからは、決して猫に寂しい思いはさせない様にしよう」と、決めました。

でも、この時には、ストレスが原因だと、獣医に、説明されました。私も、トラオがまったく同じ症状で、亡くなるまでは、信じていました。だけど、このマメが、母子感染で、はじめから白血病のキャリアだったと思うのです。

★・・・・・チッチャイノの場合(1996年8月〜1999年2月)
マメに死なれて、ショックが大きくて、ぼんやりしていた1998年の12月。チッチャイノが、よく吐くように、なりました。気づくと、6キロあった体重が、5キロになっていました。獣医につれて行くと、レントゲンを撮り、「喉に腫瘍があり、気管と食道が狭くなっている。」と、いう説明をされました。しかも、「場所が悪く、手術は難しく、東京の大きな病院でしたとしても、助かる可能性はほとんど無い。」と、言われたのです。

マメの時の事があったので、離れた病院に入れるのは、それだけで死なれてしまうと思いました。どうせダメなら、家で、思い切り甘やかして、過ごさせようと、思いました。それから、2ヶ月半、1日中誰かがついていました。流動食も、だんだん食べなくなっていくと、エビや真ダラやカワハギやホタテの新鮮な物を買ってゆでて、すりつぶし、指につけて少しづつなめさせました。

呼吸が苦しくなってきて、横になれなくなると、人の手で毛布をハンモックの様に持って、チッチャイノの体をたてて、眠らせました。夜も、1月ほどは、私が支えたまま眠りました。手を放せば、呼吸が出来ないのです。嘔吐もあり、下痢も酷くなっていきました。

やがて、2ヶ月半後の1999年2月、衰弱して眠る様に、逝きました。前日は、何も食べなかったのに、その日の朝から、食べはじめて、ホッとしていました。トイレに行って、そのまま倒れて、息をひきとりました。でも、穏やかな優しい顔でした。この仔も、当時は、ただのリンパの腫瘍が、原因だと言われました。

★・・・・・リュウの場合(1999年12月〜2000年2月)
ここからは、別の獣医さんに、見てもらうようになりました。保護した時には、白血病とエイズの末期症状でした。リュウのお陰で、白血病を知り、血液検査をして、トラオの感染もわかりました。キャンディーは、陰性だったので、ワクチンをうちました。リュウは、症状が重く、貧血が進みpcvが30〜40%が正常値なのに、11%で、白血球も増えていて、腎臓と肝臓の機能が無く、皮膚も腫瘍だらけで、リンパにも腫瘍がある状態で、口内炎はとても酷くなっていました。

すでに、治療の段階は過ぎて居たので、和室に隔離して、痛み止めと抗生物質と造血剤のみ、食餌に混ぜて食べさせました。良く食べて、いったんは、元気になりましたが、2ヶ月後には、お別れになってしまいました。

このころから、ネットで、少しづつ白血病の事を調べると、前に死んだ猫の事が、疑問になりました。別の獣医さんに変わっていたので、正直にたずねると、「2匹とも、白血病の症状だったと思います。」と言われました。

★・・・・・トラオの場合(1998年4月〜2000年10月)
白血病のキャリアだとわかったので、気をつけていましたが、6キロを越えていて、元気でした。ストレスのせいで病気になると言われて、室内飼いも「可愛そうだ」と回りから責められて、トラオにリードをつけて、毎日散歩してました。

春先から、トイレがちゃんと出来なくなって、あちこちにするようになって、獣医さんに連れて行くと、膀胱炎になっていました。そして、2ヶ月も薬を飲ませて、やっと完治。だけど、前より元気が無くなってきたのです。耳の中が汚れやすくて、体をバリバリ後ろ足でかきます。「ノミかな?」と思って、アドバンテージを使いました。

そして、9月の中頃、呼吸がおかしい様な気がしました。全部、マメの時と似てるのです。まさかと思って、獣医さん行って、レントゲンを撮ると、肺の半分に水が溜まっていました。水を抜いて、「しばらく様子を見て落ち着く様なら、抗がん剤で、治療しますか」と、言われましたが、水は予想を越えてたまっていきました。心臓の近くの動脈の血管と近いリンパ腺に腫瘍が出来ていて、それが破裂したようでした。レントゲンでも、水が多すぎて鮮明に見えませんでした。

マメの時に、決めていたので、入院は2日半だけで家で過ごさせました。つねに酸素が必要だったので、在宅医療用の酸素ボンベを、獣医さんにお願いして、家に届けてもらいました。大型犬の輸送用のケージを目ばりして、簡易酸素室を作り、庭の酸素ボンベから管を通して、酸素を送れるようにしました。庭に夜店の風船屋さんが使うような黒い大きなガスボンベを、6本並べて、夜中でも酸素が切れると、重いボンベの交換をしました。酸素を扱う会社の人が、野良猫を拾って飼っている人で、便宜を図ってもらえました。感謝しています。

それでも、結局、リンパ腫からでるリンパ液と血液の量が多すぎて、本格的な治療までは出来ないうちに、トラオも2週間ほどで逝ってしまいました。でも、家で過ごせたので、食欲も有り、ちょっと痩せただけで、病気とは思えないほど、穏やかでキレイでした。

この時、獣医さんが家に来てくれて、「助けてあげられなくて、ごめんね」と、言ってくれました。そして、その後、まだ若い女性の獣医さんは、白血病の事を猛勉強してくれた様です。新しい治療法や、免疫を上げるためのサプリメント等など詳しくなりました。予防注射の事や、室内飼いの事を、始めて飼う人に、ていねいに説明して、薦めています。

☆・・・・・キャンディーの場合
ちょっと、へそ曲がりなキャンディーは、他の3匹の猫達と仲が良くありませんでした。だから、なめあったり、一緒に寝たりはしませんでした。オスばかりの中で、美味しい物をみんなの食器から取り上げて食べていました。食べ物は共有状態でしたから、感染しているはずでした。ただ、もう成猫で体調も良い頃だったので、自分で免疫を作ってしまったのだろうと、思います。成猫で拾ったので、年齢不祥ですが、10歳は超えているはずなのに、今もとても元気です。ワクチンを、毎年1回追加接種しています。

☆・・・・・ガブの場合
拾った時には、たくさんの外傷が治らず化膿していたのと、慢性の下痢と、膀胱炎と腎機能が悪くなり、口内炎も有りました。血液検査の結果、白血病に感染していて、白血球が増え始めて、貧血はpcv29%と、発症しかけている事がわかりました。

獣医さんと相談しながらですが、大げさな治療は、いっさいしていません。怪我のための抗生物質を10日分のませると、怪我が良くなってきました。膀胱炎も2ヶ月ほどかかりましたが、薬で治りました。下痢は、弱い消化剤と低アレルギーフードに切り替えて、1月ほどで治ってきました。口内炎は、1月後に不妊手術をした時に、歯石を取ってもらったらだいぶ良くなっています。今は、健康な猫と変わり有りません。太って元気です。たぶん、成猫になってからの感染で、キャリアで過ごせるのではないかと思っています


☆今、思うこと。
チッチャイノと、マメと、トラオは、大変仲の良い猫でした。完全室内飼いで、いつも、一緒に過ごしましていました。チッチャイノは、小さかったマメを良く舐めてあげていたし、トラオは拾った時に、手足の肉球を切られて傷があったので、マメが舐めてあげていました。3匹とも雄なのに、年齢が近く、仲が良かったんですが、それがアダになったように思います。

何時ごろ、検査用のキットが出来たのか、わかりませんが、私は、猫を拾う度に、すぐに健康診断に連れて行っていました。そして、必要な猫は、治療の為に通っていましたし、1〜2ヶ月の間に2回、3種混合ワクチンをうちに行っています。半年過ぎから、様子を見ながら、不妊手術もしていました。前の獣医さんは、何故、一度も、血液検査を薦めてくれなかったのでしょう。

2匹が死んでしまってから、わかったのでは、後悔などと生易しい物では有りません。「もう2度と猫は増やすまい。私には、飼う資格が無い」と、どれほど思ったかわかりません。トラオまで、亡くして、キャンディーだけになった時は、自分の中に空洞ができた様でした。

だから血液検査は、お奨めします。そして、後は陰性の猫達にワクチンをうてば安心が大きくなります。今も仔猫が2匹居ますが、注意さえしていれば、一緒に飼っていても感染は防げます。病気を知っていて防げば、白血病は、怖い病気では、有りません。知らなかった事が、悲劇を招いたと思っています。

今も、隣りで、キャリアのガブが、幸せそうに丸くなって寝ています。アガリクスを食餌に、混ぜているだけで、何もしていませんが、元気です。いつまでも、こうして居てくれることを、願っています。


『NARAの天使たち』掲示板でのみゆきさんのメッセージ

2002年1月9日(水)


うちにも、白血病の仔が居ます。去年のゴールデンウィークの前に、拾った10歳過ぎの猫です。先住猫もいましたが、以前にも白血病や、エイズや、パルボの猫を飼っていた事もあり、白血病とエイズの両方で発症した末期の猫も、看取ったことが有ったので、もう、驚かずに飼ってます。部屋を別けて、他の猫達には、ワクチンをしてます。

そして、去年の秋から、仔猫が2匹増えました。でも、みなさんがおっしゃる様に、感染力は弱いので、2匹とも陰性です。猫風邪やパルボの方が、防ぎにくく大変でした。はじめて、陽性だと言われると、死の宣告を受けたように思いがちですが、それほどの危険は有りません。今居る白血病の仔も、保護した時点では、発症しかけていて、痩せてましたが、今は太って、元気です。

それから、私には書籍よりあけみさんのHPの方が、ためになりました。

2002年1月10日(木)

初めて知らされた時は、私も、とてもショックでした。

数年前の冬、痩せて汚れた猫を家に連れ帰って、獣医さんに行くと、最初の獣医さんは、「猫風邪と、口内炎で、体力が落ちてる。」との事。でも、炎症止めと抗生物質の注射のお陰で、落ち着いてたのは、わずか1週間でした。ちょうど、前の獣医さんがお正月休みで、痛みで食べられない猫を抱えて、手当たりしだい電話をかけている内に、今の獣医さんが、電話に出てくれたんです。連れて行くと、すぐ血液検査、白血病もエイズも陽性・・・一瞬、頭の中が真っ白。「感染する病気」、「発症すると助からない」と言われた絶望感。「他の仔に、感染させたかもしれない。」と思った時の恐怖感。「何故、前の獣医さんが検査しなかったのか。」という怒り。どう書いても、表現できない思いで、胸がつぶれるような感じでした。

でも、知らないよりは、知っている方が対処も出来ます。多頭飼いなら、血液検査は、特に必要だと思います。白血病やエイズの猫は、鼻や喉の粘膜が弱くて、猫風邪にもかかりやすく、怪我しても治りにくく、胃腸も弱い子が多いんです。他の猫なら、何でもない菌が原因で、重症になることが有ります。キャリアの猫を守る為にも、必要です。

ついでに、うちの白血病キャリアの猫は、見た目と食欲では、他の猫達に勝ってます。一番元気そうです。キャリア=弱いとは限りません。あくまでも、一般諭です。


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