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2000年7月1日
休日出勤した上、新しいコーナーを作っていたので、土曜日だというのに更新が遅くなってしまった。でも思い立ったらすぐに行動するのだ。それしか取り柄がないのだから。 今朝、ハナクソはもうエサ場で待っていた。よくよく見たら、頭のてっぺんのハゲは治っていた。だけど、とても痩せている。朝に晩にちゃんと食べに来ているというのに、どうしたのだろう? もしや虫でもいるのかとおもったが、今や検便も駆虫も難しいだろう。丸い顔が、とんがってしまっている。やっぱり野良生活は厳しい。可哀想に。 でも、ちゃんと毎日行くからね。お母さんなんだからね、私が。 さて、ゴマだ。 洗える枕を2個買い足して全部で6個。常に2個は洗って干している感じだ。帰宅するとちゃーんとオシッコしてあって、洗濯が終わってパソコンに向かっていると、また臭い。またしたのか・・・ははは・・・・・。 だけど、する位置によって匂いが違うのだ。全然オシッコ臭くなくてミルクのような甘い匂いがする時と、いかにもアンモニア臭というオシッコがある。どうなっているのだろう? 2000年7月2日
今日は、大崎貴子さんが保護して理子さんの家に里子に行った「とこ」ちゃんに会いに行ってきた。 物凄く暑い日。頭がくらくらする。だけどそれは、昨日夜更かしし過ぎたせいもあるかも知れない。 とこちゃんは、手足が長くて理子さんの言うところの「バンビの尻尾」も手伝って、後ろから見ると本当に子鹿のようだ。鼻の先がほんのり黒くて、死んだキジトラ姉妹を思い出さずにはいられなかった。 あそこであの姉妹は、とこちゃんを見守ってくれているような気がした。 写真をいっぱい撮って来た。抱っこして爪切りもさせて貰った。最後の1本を残して、逃げられてしまったけれど。 家に戻ると、アインが涙をいっぱい流していた。食欲はあるようだし元気そうなのだが、風邪でもひいたのだろうか。プロポリスを又頼んだので、せいぜい猫たちにも飲んで頂こう。 スポイトに1杯飲ませると、ピューッと逃げてしまうけれど。 ゴマは今朝オシッコしてあったけれど、その後落ち着いている。今は大好きなパパに抱っこされて眠っている。そのまま良い子でいてね。 2000年7月3日
ゴマのマーキングが止まっている。まだ油断は出来ないが、ちゃんとトイレに入っている姿を見るとホッ。 昨夜のパパ抱っこが効いたのだろうか。私達が、在宅している時間はそう変わらないものの、ようやく精神的に落ち着いて来たせいかも知れない。 もう2ヶ月近く、やれハナクソ親子の捕獲だ、里親探しだ、ちゃーちゃんの危篤だ、とこちゃん(と名付けられる前だが)が売られてしまうだの、コロちゃんクロちゃんが大変だ、家に居ても心ここにあらずという状態だったのだ。猫は、飼い主の心を移す鏡だ。 そしてアイン。 歳のせいもあるのだろうが、もともと抵抗力がない子だったので下痢やアクネに悩まされていたが、ここ数日の涙が遂に膿のようになってきて、今朝は目が開かなかった。 ちょっと位拭いてやっても取れないほどに目の下が黒く染まってしまっている。そしてそこが臭い。 臭いというのは、細菌が繁殖している証拠だ。脱臭王を薄めて拭いてやる。 脱臭王は、人が飲んでも身体に良いというものだ。成分は乳酸菌と酵母菌らしい。どちらかがアンモニアの成分と結びついて、どちらかのエサとなるという原理。 もっと頻繁に消毒してやらないといけない。 獣医に連絡したが、連れて来られなければどうしようもないと言う。だけど、アインを私1人で連れていくのは無理だし、連れて行くとまた体力を消耗させるだけ・・・と諦めた。 免疫力を高めるような健康食品(家の場合はプロポリスを選ぶ)と室温管理、空気清浄・・・もっと努力をする余地があるのだ。勿論、私が出来るだけ傍にいてやる事も含めて。 今まではたとえお金が不自由しなくても仕事は絶対辞めないと言っていたが、今ではお金が空から降ってきたら仕事なんか行っちゃいられないよ、という気分。 しかし現実は厳しいのだ。働け、働け。テツヤ(誰がテツヤだ)。 2000年7月4日
昨日のこのコーナーを見て、アインを心配してくれた5050番ゲッターの山崎さんが役立つ情報を下さった。 涙と同じ成分で目を洗うという製品情報と、それを扱うサイト情報だ。何と彼女は、私のお勧めの「脱臭王」(そもそもはアカんちの洋子さまが探し出したのだが)が欲しくて、あちこたち探した結果、そのサイトに辿り着いたのだと言う。うう〜ん・・・繋がってますねぇ・・・。 そしてそのサイトは、行って見たらとても素晴らしいものだった。即、オーナー宛に注文のメールを出す。すると素早く返事が届いた。 末端の症状だけ抑えるのではなく、原因となるものを探すことの重要性を言って下さる。然り。しかも、私の嫌いな対処療法や薬ではなく、自然な原料のサプリメントや無添加のフードだけを扱うショップという事も判ってきた。 一晩のうちに何度も丁寧なメールを頂き、オーナーさんの労を厭わない親身な応対にも感激した。 そして肝心のアインだ。 食が細いのは元々だが、今日もあまり食べない。オシッコの回数や量を見ておかないと、何たって腎臓病が心配だ。 仔猫のように可愛らしいが、もう年寄り猫なのだから。 こうハッキリ書くと、辛くなる。時間の経過は酷い・・・ 目の下は、拭いても拭いても黒い汚れが取れなくて、直ぐに臭くなってしまう。可哀想でならない。 2000年7月5日
新車が欲しい。朝の第一京浜で信号待ちしていて、隣のクルマに絶対負けない出足が欲しい。 高性能のパソコンが欲しい。メモリーは充分に増設したが、もっともっと早く作業したい。せめてPentiumV搭載のパソコンが欲しい。 別のデジカメが欲しい。小さくてツルツルしたモダンなデザインの今のFine Pix 1700は嫌い。何でこんなの買ってしまったんだろう?小さすぎて頼りない。手ブレが起き易い。手触りが厭だ。スマートメディアをフロッピーアダプターに入れるのすら面倒臭い(これは言いがかりだけど) 。 マンションが欲しい。駅から近くて新築で、床暖房と納戸とルーフバルコニーとシャンプードレッサーとTVモニター付きインターフォンと全戸分の駐車場が付いた3LDKで500万円位の物件はないか? ない!私は毎日、マンションの図面を作っておるのだ。馬鹿を言うな。 毎晩肩を揉んでくれる、若くて可愛いお小姓が欲しい。 やだね、オバサンは。兎に角、疲れているのだろう。もう吐き気がする程肩が凝ってしまったのだ。お小姓はいないけど、夫のこうちゃんが肩を揉んでくれている。ご苦労であった。もう下がってよろしい。 さてアイン。今日は、ようやく食欲も復活。涙も減って来た。プロポリスが効いたのか? 心配で仕事に行くのが厭だったけれど、帰るとすぐに甘えに来てくれたのが何より嬉しい。ゴマだって、元気でいてさえくれたら、オシッコされる位、どうって事ないやと改めて思う。 2000年7月6日
早朝の細い裏道で、前を走るクルマがのろいと思ったらやっぱりオバサンだ。 大体、女の場合は座高が低いので判る。対向車があると必ずブレーキを踏んで止ってしまうし、止るなら止るで左に充分に寄せればいいものを、そうはしないから対向車もすれ違いにくい。 そんなこんなで、後をピッタリついて行く私は苛々し通しだ。 我が家のあたりは駅から遠いので、毎朝駅までご亭主を送る奥さんの運転が目立つ。 他の車の子とを考えない運転は、とても迷惑だ。こっちが左折しようとしていると、左側の道から一時停止のラインを遥かに越えて出てきて右折しようとしているのにも拘わらず、ぐずぐすとこっちの動きを待っている。 お前がそこまで出てきていたら、こっちは曲れないんだよ!しかもデカイ車に乗りやがって。狭い道の運転に自信がなければ、軽にでも乗れ!30キロ制限の道で、30キロちょうどで走るな!! (さて、このオバサン達は、私より年上でしょうか?) あと早朝の道は、通勤の車よりは大型トラックや工務店などのワンボックスカーが目立つ。 大型車はまあ良いとして、工務店(と決め付けてごめんなさい)の車の、おしなべて整備の悪いこと。発進時の真っ黒い排気ガス、ブレーキランプが片目・・・そんなのばっかり。 「オイル交換なんて絶対しないんだろうね・・・」と夫と話す。 昨日の晩は残業しなかったので、いつもより早い時間にエサ場に行ったのだが、塀の上には薄茶の三毛がいた。 じっとしている。車に戻ってエサを持って行って覗くと、もうハナクソが出てきていた。彼女は地面にいて、三毛とデビルパパが塀の上にいる。 デビパパは、潰れていた左目が開いていた。相変らず、とぼけた表情をしている。 みんなで仲良く食べなさいね、と言い残して立ち去る。 ゴマちゃんめは、帰ったら2箇所にオシッコしていた。でも1枚の防水シートで済んだから洗濯は楽だった。 ミュウに飲ませるサプリメントが届いていた。さて、フードに混ぜたら食べてくれるかな?ビオフェルミンのように好きだと良いのだけれど・・・。 ジーコにはプロポリスも飲ませていない。差別している訳ではないのだが、泡を吹いてしまうので。今回のサプリメントだったらどうかな? 幸いにして、ジーコは一番元気で問題がない。問題だとすれば、ビニールを食べる趣味がある事だけだ。それでいつも怒られるのだ。「バカジー!」と。 2000年7月7日
やっほう。今夜は夕飯を作らなくて良いんだよ。夫は接待だもんね。(いいなぁ、しゃぶしゃぶかなぁ?) 1人だから、あり合わせで済ませちゃえ。時間が勿体ないモン。 外は凄い雨だ。梅雨時の台風だなんて・・・。 ハナクソは朝は待っていてくれたが、夜は姿を見せなかった。まだ雨はさほど強くなかったのだが、クルマを走らせているうちに強くなって来た。 どこかで雨をしのいでいるだろうか?一応夜の分の缶詰も、スクーターのステップの下に置いてきたものの、こんな雨では出て来られないだろう。可哀想に。 家では舅・姑ともに耳が遠く、ザァザァと音を立てている雨音が聞こえないのか、しかも外にも出ないものだから、たくさん降っていると言うと驚いていた。調子が狂う。まあ仕方のない事だが。 舅は非日常的な事(台風・遠くでの地震や火山噴火・お正月など)があると、とても楽しいらしい。 明日は夫も私も休めるから良いものの、今朝など「台風が来とるぞ!余程の事をしておかんとな・・・」と嬉しそうにはしゃいでいるので、「何も出来る事なんてないでしょう?」と言い残して家を出た。 サッシの窓に、板でも打ち付けろと言うのか?明日だって仕事の日だったら、たとえ豪雨だろうが出掛けなけりゃならないのだ、労働者は。 毎日毎日、天気予報を見てはしゃぎ、我々にもここで見なさいと強要するのはやめて頂きたい。何が降ろうと、行く時は行くのだ。 天気予報ばかり一日中見ている人には、忙しい私はつき合えない。姑も、うんざりして「どうせどこにも行かないくせに、雨が降ろうが関係ないじゃないの・・・」と悪口言っているのが可笑しい。 まずは4個のトイレ掃除をして、猫のご飯を済ませて、1人分の夕食を終えて、ゴマのオシッコのかかった洗える枕2つを洗って干して、ミュウたちにプロポリスを飲ませたら、あとはパソコン三昧だ。 昨夜12時ちょっと過ぎには寝たので、今日はスッキリ目覚めて、熱いシャワーを打たせ湯のように浴びたら肩凝りも大部良くなった。私って本当に丈夫だ。これでせいぜい長持ちしますように。 夫の接待はしゃぶしゃぶではなくて、中華だったそうだ。シンガポールからの客を、どうして中華でもてなすかなぁ?センスのない社長に夫も腐っていた。 イギリスからの客にはわざわざティーバックの紅茶を淹れて出せと言うらしいし・・・。日本茶と和食でもてなす方が余程気が利いていると思うのに・・・。 2000年7月8日
目からウロコが落ちる事がある。長年、勝手に思い込んでいた事が、実はそうではないと知った時など。私には、人よりもそれが頻繁にあるような気がする。 楠正成と息子正行の〈桜井駅の別れ〉の場面をうたった唱歌《青葉茂れる桜井の》(落合直文作詞,奥山朝恭作曲)をご存知だろうか? 断っておくが、私だって別に小学校で歌わされたほどの歳じゃない。多分、戦後の学校教育の中ではこんな「修身」のような内容は推奨されなかったので、まあ一般教養として知っていただけだ。 ところがその教養の底の浅さに、今朝気付いてガビ〜ン!! くだんの唱歌の歌詞の最後に「とくとくかえれふるさとへ」というのがある。これが「疾く疾く帰れ」である事に気付いたのだ。 私はずっと「てくてく」とか「とぼとぼ」みたいな擬態語だと思い込んでいた。夫にその事を言うと、「よくそんな歌を突然思い出すねぇ・・・」と感心していた。 そう、いつも突然何の脈絡もなしに、どうでも良いような事が頭に浮かぶ。 そう言えば《蛍の光》の「すぎのとお(杉の戸を)」だって「蕗の薹」みたいなものだと思っていたし、《仰げば尊し》の「今こそ別れめ」だって「こそ→已然」の係り結びを知るまでは「分かれ目」だと信じていた。 バカじゃないかって?あら、皆さんだって、そう思ってたでしょ? 大体ねぇ、「係り結び」なんてのは奈良時代の文法(註)よ。 (註) 平安時代末には動詞の終止形が連体形にとって代わられたので,終止形と連体形とが同形となり,〈ぞ〉〈なむ〉〈や〉〈か〉の係りは滅びた。〈こそ〉の係りは,室町時代の末までつづいた。(平凡社デジタル大百科事典より) 何で戦後の小学生の私が、そんな古典を知るかって。小学生に中途半端な教育をして・・・そういう文部省の連中の心や知る。 アインの涙目は大部良くなってはいるものの、まだただれた目の下が痛々しく、新たに目やにも出ているようだ。 ゴマがアインに優しくしている。ゴマも昨夜はベッドでオシッコせずに、私の足元(もっと上に来ればいいのに)で眠った。 外は豪雨だったし、心細かったのかな? 2000年7月9日
いやはや、暑かった。 バカな私は一番暑い13時頃に出掛けて、買い出しとエサやりをして来た。勿論いつも通り車での移動だったしエアコンも効かせていたのだが、それでも車内に差し込む陽は強かった。 私の場合紫外線が持病を悪化させるという事で、本当は長袖を着て、日焼け止めクリームを塗って紫外線を防止し、サングラス・手袋も付けろと言われているのだが、こんな暑い日にそんな格好でいたら変態です。 こざっぱりした格好で出掛けてしまったら、後で少し辛くなった。でも、多分これは日射病か何かだ。身体の中に熱が籠もっている。水分を摂りながら冷やしている。やっと肩凝りが良くなってきたのに、冷やすと又こりこりだ。 今日は、ハナクソの姿が見えなかった。しかし椋のパパが直ぐに来て、せっせと食べていた。顔も体つきも毛並みも色合いも、全部が椋にそっくり。 ハナクソは、昼間はどこにいるのだろう? 予定していた水槽の水替えは断念。 オモチャを買って来たら、ゴマは袋から自分で探し出してしまった。くわえてあちこちに持っていってしまう。全部ゴマのじゃないんだよ。 2000年7月10日
忙しい、忙しい・・・とばかり言っている。これでは「不思議の国のアリス」のウサギだ。だけど、本当に忙しいのだからしょうがない。 忙しくて金もない。これではストレス解消の為の買い物も出来ない。 雪印は、「返品」された牛乳を再度生産ラインに乗せていたらしい。消費者は何を信じれば良いのか? それにしても、雪印の社長の記者会見はひどかった。「私だって寝ていないんですよ!」とはなんたる言い草か。たとえ「現場は大変な事をしてくれたなあ。俺のせいじゃないよ。全くいやんなっちゃうよ」と思っていたとしても、ひたすら謝罪するしかないのだ。 それが人の上に立つ人間の役割でもあるのだ。火に油を注いでどうする?!山一証券の社長の会見の方が、みっともなくてもまだマシだったね。 アインは、涙焼けしていた目の下のかさぶたがやっと取れた。まだ色が変わっていて痛々しいが、ガビガビはなくなった。早く美人のアインに戻ってね。 それにしても、ジーコはよほど健康なのだろう。体つきも若々しいし、ジャンプ力も衰えていない。目も耳も綺麗。吐出が多いのは、アレルギーか。 無添加のフードだけにしていこう。猫の健康の為だったら、人間は節約しても平気。サプリメントを混ぜ込んだフードも、まあまあ食べてくれている。 化け猫になってもいいから、うーんと長生きして欲しい。 2000年7月11日
昨夜、ゴマがベッドで素早くオシッコした。見張っていたはずの夫が眠りこけていたので、ブリブリ怒ってしまった。夫も仕事に家事分担に忙しく、私よりも睡眠時間も少ない程だから疲れているのは解かっている。 だけど1分を争う作業をしている時だったので、こっちの心にも余裕がなくてつい怒ってしまった。 私だって疲れ果てているのだ。甘えられる人間に対しては、怒りもぶつけるさ。 でも、ミュウが心配そうに傍に来て顔を覗き込むので、ちょっと申し訳なく思った。ミュウは何でも解かるみたいだ。そしてきっと、心を痛めてしまうのだろう。 かつて私とミュウの二人きりだった頃、私が泣いていると傍に来て、一生懸命涙を舐めてくれた。あの時、何故泣いていたのかは別として、ミュウがいてくれたから私は頑張って生きて来られた。 ミュウは恩人だ。人じゃなくて猫だけど。 今日もいっぱい働いて、既に目はボロボロ。私の目の玉、見ます?
2000年7月12日
ほっほっほ・・・暑い夏の夜にふさわしい「血走った目玉」だったでしょう?皆様には、涼しい思いをして頂けましたでしょうか?お役に立てて幸いです。そのうちに、また不気味なものをお見せ致しますので、どうぞお楽しみに・・・。 先日署名活動をして逮捕にこぎ着けた悪徳ブリーダー青田氏は、裁判もされる事なく20万円の罰金刑だけだったと知った。 人ひとり殺しても10年かそこらの刑罰しか科せられない国だ。動物の命などさほど省みられないは当然なのか。でも民意を高めていけば、いつかは常識が変わる。 その為には、若い世代に期待するしかない。年寄りは駄目だ。ネット世代にはまだ希望が持てる。 さて、アロエヴェラのクリームが昨日届いた。早速アインの涙やけにつけてみた。とても良い感じ。 アロエヴェラの他にも、ユッカやホホバが含まれていて、炎症を鎮めたり殺菌効果がありそうだ。 アインの耳の中はすぐに真っ黒になる。検査の結果は「酵母菌」の繁殖だった。身体の免疫力低下が原因だと言う。顎の下のアクネも同様。プロポリスを続けて、耳の中もアロエクリームをつけた綿棒で綺麗にしてやる。 ミュウにもどこかにつけてあげたいのだが、ミュウは慢性肺炎以外どこにも問題なし。敢えて問題にするなら、肥満だけか。でも健康だから良いの。 2000年7月13日
蝶野が産経新聞のCMに出ている。 蝶野をご存知ない方もいるかも知れませんが、私の好きな現役プロレスラーのひとりです。 ああ、やっぱり蝶野みたいなボディガードを乗せて車で走りたいと思う。それも一人じゃなくて、あと一人はマサ斎藤が良い(マサ斎藤は、引退したプロレスラーです)。 どっちも顔が怖い。 このところの蒸し暑さで、ジーコぐったり。夏の別荘に引き篭もったままの事が多くなっている。 夏の別荘とは、大型の籐のキャリーバッグの事だ。他の季節にはミュウさまの爪研ぎとされているが、入口が部屋の隅を向いている事もあり、落ち着くのか涼しいのか、よくここに入って寝ている。 ジーコは、他にもお気に入りの場所をたくさん持っている。 押入れの中の大型コンテナ、押入れの上段の奥、ローソファで背もたれに顔を向けて・・・どうも、弱虫ゆえに隠れ場を求めているかのようで不憫だ。 だけど目覚めるとのっそりと近づいてきて、チョイチョイと手でご飯を催促する。ご飯の時間ではなくても、かなりしつこい。なかなかしてやらないと、私の背中で爪を研ぎ始める。それで私も根負けしてしまう。 多分、疲れているのだろうが、人のほんのちょっとした言葉に過敏になってしまう。いつもは敢えて流しているのだが、ちょっとこだわって反応してみる事が自分にどう作用するか・・・ まあそれもいいさ、と思う事にする。しかし、流しても反応してもどのみちストレスになるのであれば、せめて相手にはなるべく不快を与えない方を選ぶべきだ・・・といつもは考えるようにしている。それが今日はちょっとうまく行かない。 こういう精神状態の日には、もう寝てしまおう。そのまま落ちる所まで落ちて行き、何かのきっかけではい上がるのを待つのが自分には楽な時期もあったけど、それをもう繰り返したくないというのも本音だ。 だからやるべき事を全部やり、疲れて夢も見ずに眠りたい。 2000年7月14日
プロポリスを余分に入手出来たので、希望者にようやく発送出来た。 特に、風邪をぶり返しているらしい鎌倉のちゃーちゃんに飲ませてあげて欲しい。あんな思いをして生き返ってくれた子だから絶対に生命力も運も強いと信じているが、また結膜炎が再発したと知ってとても心配している。ちゃーちゃん、しっかり! みゃーくんは、もう怯えて威嚇しなくなったと聞いた。まだ抱っこは怖がるみたいだが、抱っこされているちゃーちゃんにちょっかい出して、一緒に膝に上がって来たりする事もあるという。 仲良く暮らしている様子なので、夏休みに一度様子を見に行きたいと思っている。鎌倉方面にはゴマの娘のチッチもいるし、ちょっと足を伸ばせば、葉山には福ちゃんもいるし、金沢文庫にはゴマの亭主のアカもいるのだ。 アカ・・・もう私を覚えていないだろうなあ。あんなに愛し合っていた仲だったのに・・・。今じゃ飼い主の洋子ちゃんに似て、のんびりとふてぶてしく、それでいて気が小さい猫になっているようだ。 猫は全く飼い主に似るもんだ。 PCの画面を見過ぎなのとシェーグレン症候群のせいで、いつも目が乾いているものだから、起きるのが本当に辛い。誰かが優しく目薬を点しながら「朝ですよ!」と起こして欲しい。 アインの流涙症はすっかり良くなった。今後は、本当に気をつけて予防してやりたい。私は涙が足りず、アインは涙が溢れてしまう・・・うまく行かないね。 まだ目の下のシミは消えてないけど、可愛いアインに戻ってきた。しかし時々不気味な顔で眠っている。目を半開きにして、ベロまで出ている。まるで死体のようで、怖いよアインちゃん。 2000年7月15日
蒸し暑いこと。 昨夜、ちょっとしたショックを受けた。あるサイトの掲示板で、野良猫駆除への強い支持が書かれていたのだ。 勿論、猫嫌いの人もいるし、野良猫を疎ましく思う人達もいるのは承知していたつもりだっだか、子供のアトピーの原因が、家の周りにたくさん居る野良猫の毛だと言うのには、思わず反論を書き込みそうになって危うく思い留まった。 こういう人に即座に反論しても逆効果なのは充分予想できるし、とうに夜半を過ぎていて時間がなかった事も幸いした。 議論は本当に価値のある事なのだろうか?私には、価値観の違う者同士の議論の末、当事者が折り合った場面に出会った経験がないのだ。 むしろ当時者が激論を交わすうちに、周囲の意識の高まりをを喚起し熟成させる事には役立つものだが、肝心の対立相手を納得させる事は極めて難しいような気がする。 それで良いのだとも思う。しかしかつてメーリングリストにて、善意の人を酷く中傷するメールに出会い、正義感の強い(喧嘩っ早い?)私はその中にいきなり石を投げ込んだ後にさっさと立ち去ってしまい、その後に援護に入ってくれた人に大変な苦労をさせた事を思い出す。 しかも、私の石の投じ方はいささか拙いような気がする。つまり、怒りがある一線を越えた時には、私がとても冷酷で非情な、且つ相手が感情でしか反撃出来ないような攻め方をしてしまうという事だ。 それは良くない事だと、幼い時に父親に諭された。そうした結果は、不毛でしかないのだと解かるまでには、何度か深く人を傷つけた。それは自分の傷でもあるのだと判っていながら。 みゃーくん・ちゃーちゃんの里親さんにプロポリスと一緒にオモチャを送ったら、早速それで遊んでいる様子を知らせて頂いた。
我が家の場合、アインは気が狂ったように遊ぶけれど、ジーコは他の子に奪われる事が多いせいなのか、目の前におもちゃをあげてもなかなか奮起してくれない。 おとなし過ぎるよ、ジーコ。 2000年7月16日
里親募集に掲載していた桃ちゃんと太郎ちゃんのお家が決まった。募集データを「里子に行った猫たち」に移行させる時が、一番嬉しい。 貴子さんの保護していたクロトラもお婿さんに行ったし、福島からの募集も2匹が決まり、あとの1匹も引き合いが来て昨日保護者に知らせたところだ。 また少しずつ動き出している。ひとつひとつの縁を大切に、そしてひとつひとつの命を大切にしなくてはいけないと思う。 ゴマちゃんめ・・・遂に別の布団でもオシッコしてくれた。幸い、そろそろ洗いたかった羊毛布団だったので、洗濯機で洗ってしまう。2日も干せば、乾くだろう。 これでダニの死骸も人の汗もスッキリ綺麗に洗い流せた。ゴマちゃん、ありがとね(ヤケクソではない)。 ダニの死骸も、アレルギーやアトピーの最大の原因のひとつだという。ハウスダストも大気汚染も、原因物質であるらしい。 そして人間の身体そのものが、昔に較べて抵抗力がなくなっているのだ。昔は、日本でもこんなに衛生的ではなかったので、人の免疫は細菌と闘う事に忙しかったのが、現代はすっかり衛生的になり、しかも昨今の抗菌ブーム・・・。 免疫機能がそれまではアレルゲンと成り得なかった物質に過剰反応してしまうのが、アトピーでありアレルギーであるという事だ。 わざわざ汚くしている必要もないだろうが、私のように床に落としたものくらい食べなくちゃ! 昔のガールスカウトは、まだ逞しかった。長い9泊10日のキャンプですら、一度も入浴も出来ない。水は水道などないのでポリバケツに小川の水を汲んで来て、それを沸かしもしないで飲む。 傍にはカマドがあるので、ポリバケツの蓋の開け閉めの時に灰や落ち葉が入ってしまう。そういうのを、ちょいちょいと避けながら柄杓ですくって飲んだ。それでもお腹なんかこわさない。 しかし熱帯魚の水槽の水がいかにも汚れてきたので、やっと思い腰を上げて水替えをした。 魚は猫よりもっと寡黙だから、お腹が空いたとも言わないし、オシッコする水の中でパクパクしているのだ。こんな狭い水槽で飼うからには、やっぱり責任感を持って育てなくちゃ駄目だ。 うちの魚は長生きしているけど、最初のうちはよく死なせてしまった。小指の先ほどの安い魚しか飼っていないが、遂に死んでしまうまでは苦しそうで、見ていて堪らない。 それが、犬猫が保健所で殺処分される場合は、窒息させられて、それでも一定時間で死ななかったら生きたまま焼却されてしまうのだ。 この事を知っても、野良猫なんか捕獲して保健所に送れと言える人は恐ろしい。しかし、そもそも人間は恐ろしい罪深い生き物なのだ。 自分に全く罪など無いと思える人から、私に石を投げよ。 アインの顔が綺麗になって来た。あと一息。また可愛いアインちゃんの写真を近日公開します。 今夜はミュウの、安定感あり過ぎとも言える座りの良い様子を見て下さい。ダルマです。 2000年7月17日
梅雨が明けた。待ち望んだ季節だ。 しかし今日は憂鬱。突然、DVDのディスクが壊れた。最初ハードの方がイカレたかと思って愕然としたのだが、どうもそうではないらしい。 別の媒体に替えると、アクセスも書き込みも出来ている。今まで、データのバックアップ用に使っていた媒体の片面だけがおかしくなった。 正確には「バックアップ用」だけではない。保管用の画像データはボリュームがあるものだから、ハードディスクには置かずにここにしか入っていないのだ。なんたる不覚。 別の機器で読めるかどうか試したいのだが、DVD−RAMを持っている人が知る限りではいないのだ。 一応メーカーの松下には相談してみたが、反応は何とも冷たい。機械の故障とは考えられませんね、と言うだけだ。くそー、バックアップは、1枚だけじゃ駄目だったのか? 1日もパソコンを欠かせない状態である訳だから、贅沢の何のと言っていられない、パソコンは確実にもう1台必要なのだ。ハッキリそう判った。 まだ今のパソコンが故障しないうちに、もう1台用意しよう。 ・・・用意?「買う」という事じゃん。ビンボーなのに・・・。 昨夜丸洗いした布団は薄い羊毛布団だったせいか、今日だけですっかり乾いてしまった。何とも気持ちの良い手触りだ。 布団は、洗えなくちゃ駄目だ。以外と汚れるものなのだから。オシッコする猫がいなくてもね。 2000年7月18日
大崎貴子さんが最近里子に出した仔猫が、里親さんのお宅で、母親をなくしたばかりの幼い(人間の)子供達に与えた影響を報告されて、私は思わず泣けた。 辛い事が多い世の中だけど、こういう事があるとしみじみと嬉しくなる。 人の行動には、心のあるなしが本当に大切な事だと思う。形式や儀礼、知性の高さなどを示す事よりも、遙かに尊い事なのだ。 ともすれば言葉にだけ頼りがちなインターネットという媒体ではあるけれど、そこに実体のある人間がお互いの心を乗せて交信し、それが実社会・実生活に役割を果たした時に初めて、私の思うネットの価値が出てくるのだと感じる。 大勢がどうであれ、自分が今後時間も労力もお金も割いて続ける事であればこそ、幾分でもそういう価値が認められなくなった時には、潔く止めようと思っている。 そしてそれが見極められる自分でもあるよう、努力と客観性と判断のバランス感覚を自分に課さねば。 ・・・等と小難しい事を言っているけれど、実態はひたすら怠け心と闘い、猫トイレの掃除とオシッコのシーツの洗濯、人間の食事作り、毎日同じ勤めの仕事に追われているのだ。 果てしなく続く繰り返し。生きるというのは、こういう事なのだろう。楽しい事はほんのちょっぴり。でも、それだからこそ、ほんの一瞬の喜びの為に、また頑張るしかないのだろう。 大人って大変。 2000年7月19日
今日、舅たちが軽井沢に移動した。約1ヶ月の間、夫と猫たちとの蜜月が続く。う、嬉しい。 1年に一度の開放感。1階のお風呂に行くにも裸で降りて行けるし(そういう事をするなよ)、ホームページの更新さえ考えなければ夜遊びにも行ける。 でも、夜遊びする場所なんてありゃしないのだ。せいぜい夜のドライブを楽しむ程度だ。 そうだ、ドライブがてら一番近くに住んでいる椋ちゃんに会いに行きたい。そのついでに西村さんを連れ出してラーメンでも食べに行きたい。 夜中に食うなって。中年なんだから。 今日の仕事はきつかった。目が、またも死んだ魚の目。 外は暑いが、社内は寒い。夕方には膝が冷たく痛くなって来た。会社で仕事しながら足湯出来たら最高なんだけどね。 そして、プリンタまで歩くのは裸足。机の下に100円ショップで買ってきたプラスチックの青竹はあるし、肩凝り解消グッズは色々買いそろえてあるれど、やっぱり柔らかい若い女の子の指で揉んで欲しいなぁ。オジサンみたいな事を言うようだけど。 今日は、5月にハナクソ母子を捕獲したときにご協力頂いた印刷会社の社長に、改めてご挨拶に行った。仔猫は全員が無事にお嫁に行けた事をご報告して、とても喜んで頂けた。 他の社員の方も、私を覚えてくれている人がいて、「ああ、猫ちゃんの・・・」と声を掛けてくれた。 色んな事があり、色んな人の心と触れる。今この瞬間、自分にも他の人にも、全ての生き物にとって穏やかな眠りが迎えられますように。 2000年7月20日
新しいパソコンが来た。 1台では壊れたときに困るから・・・というのも事実だが、うんと頭のよい機械が欲しかった。作業の効率が違うはずだと思って。 そしてカスタム・メイドで作って貰ったのだ。西村さんにわがままを言って、贅沢な仕様で組み立てて戴いた。 結果、念願のPentiumVに384MBのメモリー搭載(註:これも今となっては古い話です。2006年現在では、このときのマシンから数えて3代目を作って貰ってございます)、古い方のパソコンはLANで繋いで、当座はバックアップにだけ使用する。 USBポートは4つ。勿論DVD-RAMは新しいパソコンに移し替えました。 大橋巨大泉じないけど「うっしっし」です。 まだ、いろいろと移し変えなければならないソフトあり、整理しなければならないものがたくさん。明日は、とても仕事なんかに行っていられない気分だ。 仕方ないから行って来るけど、明日の晩からまたコツコツやる。 外部の人が来ると、いそいそ(?)と隠れてしまうゴマなのに、西村さんのことは平気みたいで、膝頭に擦り寄ったりしていた。 ジーコは勿論ビニールを食う気になるし、空き箱に入っていた。 しかし・・・今日、西村さんの家で久々に見た椋ちゃんの、何と大きくなったこと。 手足の爪も切らせて貰いました。だって、西村さんの手は傷だらけなんだもの。 いっぱい抱っこして頭にチューもさせて貰ったし、つやつやの被毛を存分に撫でさせて貰えたし、可愛い鳴き声も聴かせて貰えた。 椋ちゃん、最高に可愛くなりましたよ。 2000年7月21日
何と、会社でも新しいパソコンを買ってもらえる事になった。頭が悪すぎる・・・と長年言い続けて来て、昨年はメモリーを増設して貰ったものの、それでもまだ足りないし、そもそもCPUが古いのだ。 それにしても、新しいパソコンばかり集中するなあ。会社ではカスタム・メイドという訳ではないので、要らないアプリケーションやファイルをガンガン削除してやるぞ。 しかも新しい図面作成ソフト(キャドのことではありません)も入るので、当面は大忙しだろう。家でも会社でも、嬉しい悲鳴だ。機械、大好き。笑いがとまらん。 でも折角、家庭内LANを組んだのだけど、モニターはひとつなので、電源ひとつ落とすのにも面倒臭い。やはりケチらずに、切り替えスイッチを買うべきかと思う。2万5千円だって・・・うーん、どうしよう。 この際「ついで」かな? それにしても、2台のパソコンの中身がエクスプローラで全部ズラリと並んで見られるのは、なんて気持ち良いのだろう。私はエクスプローラ大好きだから、しょっちゅうフォルダの整理をしたり、コピーだ削除だといじくりまわしている。 今、Hドライブまで使っているんだよん。 今朝も布団を丸洗い。そうです、物凄く清潔好きなのです。というのは嘘で、やられました、ゴマに。 多分、私がパソコンに夢中で寂しかったのでしょう。今も変な声で鳴いています。自分の子猫を探しているように・・・。いつかは諦めるのだと思うけど、不憫になる瞬間だ。 2000年7月22日
暑い。全身が毛深いうちの子たちは、さぞかし暑いだろう。 熱帯魚の水槽の水が熱くなってしまうので、エアコンを入れっ放しだ。猫たちの健康を思うと、温度の調節が難しい。私がつきっきりでいればまだしも、平日はお留守番させている訳だから、エアコンの温度設定だけではどうも冷えすぎたり暑すぎたりする。 今度、エアコンほどには冷えないという「冷風器」というのが欲しい。欲しい物だらけですみません。 実は、昨日ここで愚痴を書いた件は早くも解消した。モニターの切り替えスイッチを取り付け、キイボードとマウスはそれぞれのパソコンにぶら下がる形となった。 もう言う事なし。ヒジョーに嬉しい。2台のパソコンを全く同じ環境にしていくのが先決で、ホームページの更新が連日とても遅い時間になっている。 しかし、同じ環境に・・・というのが、意外と大変だった。前のパソコンに入っている《QuickTime》は、既に同じバージョンが手に入らない。 お陰で、オルゴールのコーナーではPlug-inの表示が変わってしまった。この表示が《QuickTime》の影響下にあることは、昨夜初めて判ったのだった。 ・・・って事は、ほかの人がご自分のパサコンのブラウザで見てくれているのは、私が予想しているものとは全然違う可能性が大きいという事だ。そうと知って、またまた愕然とする。何と厄介なことか。 夜遅くなってから、閉店間際のスーパーに飛び込み、買い物してそのまま野良のエサやりに行った。 9時を過ぎても道が混んでいて驚く。どこかで何か食べて帰りたいのをガマンして、家に戻って遅い夕食にする。 まだこれから更新もある。はて、夏の夜は短いというのに何時に寝られるのかな。 ミュウなんて寝てばっかりなのに! 2000年7月23日
今日も暑い。 久しぶりに朝寝坊して、二人でシャワーを浴び、そのまま床屋さんをした。夫の髪を、もうこの10年近く毎月私がカットしている。自分の髪も切りたいが、中途半端に切ったら鬱淘しいばかりだ。 切るならばベリーショート。だけど、そうしたらしょっちゅう切らないといけなくなるし、美容院でないと無理だ。不精でケチで忙しい女には、そういう習慣は不可能だ。仕方ないから、またひっ詰める。 ゴマは、この暑いのに足湯器の上で寝ている。ポカポカだろうに。 2000年7月24日
眠い。それよりも目が痛い。まだ月曜日だと言うのに。 でも月曜の朝から、エサ場ではハナクソが待っていてくれた。目が合うとシャーッと言ったが、それも挨拶のようなものだ。 可愛い顔が、一段と痩せたようだった。どんな生活をしているのだろう。 もう私の飼い猫と同様にいとおしい。家猫にしてあげられなくて、ごめんね。でも、あんたの仔猫たちは、全部幸せにやっているよ。 今日、みゃーくんとちゃーちゃんの便りが、写真付きで届いた。ちょっと紹介しよう。
どうしてこうも、みゃーくんはいつもいつもカメラ目線なのだろう。手足がすんなり伸びて、とても綺麗になった。 夏休みには、是非訪ねてみたい。みゃーくんの成長を手放しで喜べるくせに、ちゃーちゃんに会う自信がない。いまだに捨て子をしたような気分で、正直言って辛い。 さて、ゴマ。昨日も今朝も、いつもの場所には私がいたので仕方なしにトイレでオシッコしたのだが、仕事から戻ると案の定ベッドにしてあった。 防水シーツを洗って、また新しく掛け替える。お陰で毎日清潔。ゴマはとぼけて、何事もなかったかのようにきりっとしている。 月曜は疲れる。仕事は年がら年中忙しく、やってもやってもわいて出る。いいかげんにしてくれ。 それにしてもピエールの奴、新入りのケイコちゃんに早速セクハラ発言したそうで、ピエールとは同世代の私としては「困ったオヤジだ」と思うのと同時に、自分の歳も思い知る。ふう。 2000年7月25日
ジーコが仰向けで寝ていたので、喉のあたりにそっと触ったら、一瞬で飛び起きてしまった。 臆病なんだから・・・もう! それでも、以前に比べたら随分とリラックスしてきた。私が寝ると、真っ先に傍に来るようにもなった。 暑い季節には、ミュウもアインも長時間は添い寝してくれないのだが、ジーコはいつまででも傍らでじっとしている。私を独り占め出来る少ない機会を、決して逃すまいとしているかのようだ。都合の良い解釈だけど、本当に嬉しそうにヨダレまで垂らすのだもの・・・。 久しぶりに雨が降っている。庭に水撒きをしないで済んで、実に嬉しい。 駐車場でエサやりしていて蚊に刺され、家の庭で嫌というほどヤブ蚊に刺されるのは辛いから。クルマの中にも会社の机の抽斗にも、家のパソコンの近くにも、かゆみ止めの薬が置いてある。 キンカンより効く「イーメンつぶ入り」・・・手放せません。 今日は新築1棟の図面をひとつ仕上げたので、くたくた。まだもうひとつ、順番待ちの1棟図面があるのだ。今週中に終わらせたいと思うと、明日やるしかない。 しかし連日の「フル・マラソン」的図面では、身体がもたない。早く新しいパソコンとソフトが欲しい。 今までの図面も全部作り直して欲しい・・・との要望があり、そのボリュームと複雑さを思うと「バカヤロウ」の一言も言いたいところだが、それでも新しい機械が来れば楽しいのだ。 2000年7月26日
ゴマを抱っこして目の上あたりにチュー攻撃していたら、嫌がってか細い悲しそうな声で「ニャーン」と泣かれてしまった。何だよ、ゴマ。チューぐらいさせてよ。 そのゴマは、パパの帰りが遅いせいなのか、ダイニングのドアのあたりで変な声で鳴いてはソワソワしている。挙句の果てに、取り替えたばかりのシーツの上に素早くオシッコだ。 うーっ!早く「自分だけ」という自己主張から一歩前進して欲しい。ゴマちゃん、これ以上はどうしようもないんだよ。家にはずっと前から他の子が3匹いるのだし、ママも仕事は辞められないんだからね。 今夜はオシッコした所に連れて行って、逃げ出そうとするのを抑えて「どうしてここでするの?」と言って聞かせていたら、そのゴマの頭をミュウが舐めてやっていた。 こんなにみんなに優しくして貰っているのに、わがままゴマちゃん! 昨日、実家の母が日吉の歯医者に検診で出て来ていたのに、仕事がある日では会えなくて残念だった。 実の母親には、もうどれくらい会っていないのだろうか。よほど努力しない限り、2年に1度会えれば良い位だろう。全て猫優先の冷たい娘で申し訳ないが、電話と手紙で心は通わせているつもりだ。 もう少しだけ近いところにいれば良いのだが、泊りがけでは行けないし、日帰りも疲れる。 実家からクルマで20分ほどのところに住んでいる義姉は、何かと親孝行出来て羨ましい。そりゃ大変だろうけど、それは幸せな事だから、私は気楽にお任せしたままだ。 義母にしても、実の娘のほうが気兼ねなくて良いのだし。 2000年7月27日
『動物愛護支援の会』のマルコ・ブルーノさんから、お電話を戴いた。 流暢な完璧な日本語。今度、会のホームページを作らせて戴く事にしたのだ。ここでこうやって発表してしまえば、もう後には退けない。今度の夏季休暇に、一気に作り上げる予定だ。 マルコさんから大体のイメージとコンテンツを送って貰い、私はWEB作成の作業をするだけだが、とても楽しみだ。自分のホームページ作りだけでは、何だか物足りなくなっている。時間も才能もないくせに、どうしてこう手を広げてしまうのだろうか。 仕方ない・・・私はブルドーザーだから、自分で大きな墓穴を掘り進むのだ。一緒に墓に入りたい人は、どうぞいらっしゃい。まだまだ穴は広げるぞ。 今夜は、小雨の降る中でハナクソは待っていてくれた。缶詰を開けて近寄ると、挨拶代わりにシャーをされた。元気でよろしい。 久々でねっとりと美味しいピータンを食べて、今夜は満足。ゴマも寄って来て、興味津々だった。 アインは、相変わらずご飯より甘えたい。さんざん邪魔をしたら満足したようだ。朝は一番の寝ぼすけで、全然起きて来ない。アインと一緒に寝ていたいんだけど、会社に行かないといけないしなぁ・・・。 2000年7月28日
仕事では、ムカつくことが多い。 横着な依頼の仕方、不完全な情報で「丸投げ」のことが多い上、全部こちら任せにして出来あがったものに勝手な注文をつける。 最初から完成のイメージを持って依頼をかけろと言いたい。こっちが苦労して作り上げたイメージと作品にケチをつけるのだったら、必要最低条件くらい網羅しておけ。今後、曖昧なものは作ってやらないぞ。 ・・・と思いつつ、つい親切にしてやるものだから相手は学習しないのだろう。言われた事だけをやってもっと困らせてやりたいが、性分でそれが出来ない。悔しい。なのに愚痴を言ってたら「負け犬の遠吠え」だ。 会社の新しい私のパソコンの機種が決定した。ふっふっふ・・・なかなかお利口だけど(会社中で一番だろうな)、家のパソコンの方がスペックが上だ。ざまあみろ。でも、どっちも私だけで使うのだから、誰に誰のザマを見せると言うのだ? アインは毎晩、しっかり腕枕で寝てくれる。昨日はミュウが腕枕していたら、案の定アインが割り込んで、そこへジーコも入り込もうとするが、アインは場所を詰めてしまって入らせない。 下座でガマンしていたジーコだったが、やがて離れて行き、ミュウもそのうちにベッドを下りてしまった。いつも貧乏くじを引いているのはジーコだ。 ゴマは、こういうときには幾ら呼んでも寄って来ない。そういう心理も、寂しさと疎外感なのかも知れない。本当の安心感を得るには、まだまだ年月がかかるのだろう。愛情を持って、気長に待とう。 アインは何度も寝返りを打ちながらも、ついぞ朝まで寄り添っていた。と言っても、私の睡眠は短いのだが。 是非とも腐るほど眠りたい。もうこれは宿願だ。本当はとても怠け者の私なのに、どうしてこんなにシャカリキなんだ?命をカンナで削っているみたい。 だけど、夫はもっと張り詰めている。舅のように長生きは出来ないだろう。損な性分の男だと思う。夫に比べたら、私はもっといい加減だ。 2000年7月29日
今夜も更新が遅くなってしまった。 先程、お客を送って戻ったばかり。西村さんにご飯を食べさせる目的だったのだが、当の本人が仕事になってしまって来られず。妙齢の美女二人が来て、大量に作った食事を全部食べて行ってくれた。 鶴見で仕入れたピータン、美味しくて今夜も好評。お土産に2個ずつ持たせてあげた。 それにつけても西村さんは、仕事は入り夕飯は食べ損ね、不運としか言いようがない。また来週にでも呼んであげよう。 まったくコンピュータのシステム管理の仕事は大変だ。椋ちゃんがムクれていないと良いけど。 ゴマはさんざん遊んで貰って絶好調で尻尾をパタパタさせていたが、お客がみんな帰るとがっくり来たのか、我々がお客を送って家に戻ると、ベッドで大量にオシッコしていた。 ふぅ・・・いっぱい溜めていたのね。 まだ仔猫に未練があるような感じで、おもちゃをくわえてはドアに向かって鳴く。夕べ抱っこして向こうの部屋に連れて行き、誰もいない事を納得させたつもりなのだが、やたらと臭いを嗅ぎ続け、逆効果だったような気がした。 さてさて、長い一日が終わった。明日も忙しいぞ。 2000年7月30日
今日も暑かったが、また暑いさ中に鶴見に出掛けて野良のエサを済ませ、駅ビルの地下でキムチとタラコを買った。 ここのキムチは絶品なのだ。夏場でも塩からくないし、ピリピリと酸っぱくなくてとてもフルーティ。キムチ屋のおばさんとしばしお喋りして、瀬戸物屋でご飯茶碗も買った。 夏らしく、浅くて口の広いかなり薄手の茶碗。白地の磁器に藍で南蛮人の絵が描いてある。小ぶりの茶碗だが、いつもカフェオレボウルのようなでかい茶碗でガツガツ食べているので、たまには優雅にこういう小さい茶碗で食べようかと思う。 ますます上品になちゃうかも知れないわね。 買い物を済ませて駐車場に戻ると、ちょうどハナクソが食べ終えて毛繕いをしていたところだった。くつろいで白いおなかを見せていた。可愛い丸い目で私を見ていた。 しかし近づくと逃げてしまうから、遠くでそっとバイバイを言った。元気でいてよね。 今夜も、少し初期のページの作り直しをした。まだこれから作業がいっぱい。返信もたくさん書かねばならない。夏の夜は短いと言うのに・・・。 ゴマがまたヘンな声でむずがるので、ウサギの毛のおもちゃで遊ばせようと思って、手探りでつかんだらミュウの尻尾だった。 流石にミュウ、少しも騒がず。 そう言えば今日も地震があり、籐のハウスから不安気に出て来たジーコとは正反対に、ミュウは座り込んだまま。お見事。 2000年7月31日
先日アクセス出来なくなったDVDの媒体が、調査依頼した日立マクセルの品質保証グループから返送されて来た。 良かった!ちゃんと修復されていた。 ディスクの欠損は無く、IPL(起動専用プログラム)のデータ内容が不正な状態になっていたことが判明。どうやら、私のシステムの動作不良によるIPLの不正な書き換えが原因だったらしい。 稀なケースであると言う。でも、どうして突然?機械の不調は、癖が把握できれば予防するしかないが、いざ起きてしまったらお手上げだ。 それにつけても日立マクセルさん、お世話になりました。次回も、DVD−RAMは日立マクセルを買いますよ。 またも「NTT東日本」で、顧客データを漏らす事件が起きた。営業部の40代男性社員が、自分の借金の返済期限を延ばしてもらう為に金融業者に400人分のデータを漏洩して懲戒解雇されたと言う。 少し前にも、6人の社員がデータを漏洩したばかりだ。こんなことがあると、ますますインターネットでもみんなが「匿名性」を重要視するようになるのではないか。 大変不愉快だ。それにしても、みみっちくて薄汚い事はするなよと言いたい。 仕事の愚痴を一発。 職場で私が個人的な控えとしてファイリングを続けていた、図面の縮小版コピーは、きちんと番号毎に整理されていて、とても使い易い。 このファイルを作った目的としては、最初は右も左も判らないので、物件や図面に関して何か尋かれた時の為にと控えをとっておいたのだが、ここにくれば全てが解かると知られてしまい、やがては新規で作成する場合に近隣の地図を探して流用出来ないものかと検討したりする為に、営業が借りに来るケースが増えた。 そのうちには開発部署が成約事例として使ったり、営業のが賃料提案のための資料として使ったり、あるいは別のフロアまでそこの担当物件図面を取りに行くのが大変だからとコピーを貰いに来たり、管理部署では現状のチェックの為に間取り図を使ったり、初めて行く場合の案内図を欲しがったりと、全社的に利用するようになってしまった。 そして、もはや自分では殆ど利用価値がなくなってきているというのに、ファイルをなくしては困ると言う。では一体私が個人的に自発的に始めていなかったら、どうするつもりだったのか? 必要なファィルだったら、きちんとシステムとしてファイリングをすべきではないのか?おまけに、自分の目先の目的の為に、勝手に抜いては戻さなかったり、または戻しても乱雑に扱う為にどんどんボロボロになりつつある。 「ちゃんと戻してください。」「乱暴に扱わないで下さい。」と毎度毎度うるさく言いつづけて4年間。過去の履歴は、もはやこのファイルでしか一覧出来ないのだ。データそのものが保管されている媒体にも、過去の物件はデータベースとしてしか存在せず、最新の募集図面でしか見る事は出来ない。 はっきり言って、ファイルしている時間の余裕など無いのだ。しかし几帳面さが災いして、止める事が出来ない。「あれが欲しい」と言われていちいち作りなおすのは真っ平だし、きちんと整理されていないのは我慢出来ない。 今度新しいパソコンが来るが、古いパソコンとソフトも併用していくしかないのだ。22冊にも膨れ上がったファイルの置き場所がなくなる。ファイルは年間5〜5冊ほど増えている。 今でさえ目が行き届かないというのに、自分の手元を離れたら、もう飢えたハイエナの群れに美味しい肉塊を投げ込むようなものだ。あっと言う間に滅茶苦茶になったものを、管理責任だけ負うのは嫌だ。 たから、これからも狭い場所の足元にでも大切に置いて、またコツコツとファイルを続けるしかないのだ。忌々しいけど仕方ない。 ああアインちゃん、抱っこはもう充分でしょ?ママは更新を急いでいるのよ。 |
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