月の輝く夜に -MOON STRUCK-

夢見る頃を過ぎた、大人の恋の物語である。シェールが演ずるヒロインは37歳の未亡人ロレッタ。葬儀屋に勤めている。髪には白いものが目立ち、それを染めるでもなく化粧っ気もない。長年の友人からの求婚を受けはするものの、情熱も恋心のかけらもない。そういう人生に疲れた醒めた女が婚約者の弟と突然恋におちる物語を主軸にして、ニューヨークのイタリア系中高年ばかりで見せるロマンティックなコメディである。

タイトルの「月の輝く夜に」というのは、満月の光が人の心を狂わせるという言い伝えそのものだ。ロレッタの叔父さんが満月を称して「コズモの月だ」と言う。コズモとはロレッタの父親の名であり、かつてその満月の光を浴びてロレッタの母親と恋におちたのだ。しかし現在は、37歳の娘を持つ歳になっても若い女との浮気に精を出している。孤独な母親(オリンピア・デュカキス)はレストランで知り合った男に誘われときめきを甦らせるが、部屋に誘われても「I know who I am・・・」と断る。このあたりが大人の悲しさだ。しかし最後まで行ってしまうばかりが良いとも言えない。ほんの僅かなときめきだけで、また現実の生活に戻って行けるのだ。それは私も大人になってみて良く判る。

さてニコラス・ケイジである。これ以前の作品を観ていないのだが、ここではその悲しげな顔とアンバランスな程の肉体美を存分に発揮している。とりわけ登場シーンのパン焼きの炉で働くランニング・シャツ姿は、ホワイト・カラーの男にはない男臭さがムンムン。最初の印象は「なんてひどい悪声・・・」でしかなかったが、これも持ち味になっている。イタリア人は、パン焼き職人でも部屋ではオペラ音楽を聴き、ここ一番という時には正装して女をオペラに誘うのかと驚いた。ちなみにこのニコラス・ケイジ、F・F・コッポラの甥である。デビュー当時はコッポラ作品にも出ていた。(「コットン・クラブ」など)現在は、日本でも1〜2を争う大モテ俳優になってしまった。

マザコンの婚約者ジョニーを演じていたのはダニー・アイエロ。映画「レオン」で、殺し屋レオンの金を預かっていた男、最後にレオンの居場所を言ってしまったあの男・・・どこかで見た俳優だとずっと思っていたが、このジョニー役だと気付いた。こういう些細な事を思い出すのが、映画の楽しみでもある。

家族の絆を大切にするイタリア人家庭らしく、お祖父ちゃんとも同居しているが、このお祖父ちゃんはイタリア語しか喋らない。犬を一杯連れて、散歩に出掛ける。イタリア語は殆ど判らないが、会話の最後に「え、そうだろう?」というニュアンスで「Capisci (カピーシ)」という言い方を何度も使っていた。英語で言うなら「You understand ?」というところか。このお祖父ちゃん、家族の中では決して出しゃばらず、それでいて人生の機微を熟知した老人という感じでとても良い。自分の老後もかくありたい。

「リオ・ブラボー」のページでも書いたが、ディーン・マーティンの「ザッツ アモーレ」が流れるエンディングは、この映画の大人だけが判る洒落た雰囲気を象徴しているようだ。子供が観たら他愛もない映画だが、夢見る頃をとうに過ぎてから、しみじみ楽しめる作品だと思う。シェールの「オバサン」から美女への変身ぶりも見事でした。私は今でも満月を観ると「コズモの月だ」というセリフが浮かびます。

脚本 ジョン・パトリック・シャンレイ     
監督 ノーマン・ジュイソン
製作 ノーマン・ジュイソン
    パトリック・パーマー
1987年
アメリカ映画
 


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