アパートの鍵貸します -THE APARTMENT-

ビリィ・ワイルダーという監督は、細かいディーテイルを大切にする人だという事は、以前他でも書いた。

この「アパートの鍵貸します」も、実にその特徴が出ている。ちょっとした小道具の使い方に無駄がない。そして、この作品のように舞台劇にもなりうる位の「場所」の限定が、密度の濃いセリフを生かしている。

場面は殆どが主人公の男のアパートの部屋の中である。勤め先やレストラン、アパートのエントランスの階段あたりは若干使われるが、重要な場面は全て部屋の中だ。

「情婦」では法廷と弁護士の事務所が「場所」の殆どだった。いやが上にも脚本の冴えが必要となる設定だ。敢えて場所を限定する事で、内容を膨らませていく手法がこの監督作品には多い。シナリオライターでもある監督ならではの上手い映画作りを堪能できる。

内容はタイトル通り、会社での出世の為に自分のアパートの部屋を会社の上司の不倫の場に提供する調子の良い男バクスター(ジャック・レモン)のお話である。

密かに恋心を抱いていたエレベーター・ガールのフラン(シャーリー・マクレーン)が自分の部屋を使っていた上司の不倫相手と知るのは、不毛な恋に疲れた彼女が自分のベッドで睡眠薬自殺(未遂)していた事件からだった。

シャーリー・マクレーンが、そろそろ煮詰っている不倫相手とレストランで交す会話の中でこんな事を言っていた。「男はみんな同じ事を言うわ。”妻は私を理解してしない。愛しているのは君だけだ。”」


女が自殺を図ったのはクリスマス休暇に入る時だ。

男には妻子があり、良き父親としてクリスマスは家庭に貼りついている。そういえば日本でも「水商売の女性の自殺が一番多いのは、年末・年始である」というのを読んだ事がある。普段は家庭を省みない男たちも、正月には家族の元に戻っていく。その寂しさと裏切りに耐えられないのだろう。

不倫というのは、余程タフで図太い神経の持ち主でないと続かないものではないか。恋愛は損得では割り切れるものではないが、双方がフェアであるべきだ。片方だけ安全圏内にいてそこから出る覚悟のない場合は、まったくもってフェアとは言えない。


閑話休題。
これからご覧になる人の為にこれ以上は筋を説明しないが、小道具としてのテニスのラケットやシャンパンの使い方、ちゃんと伏線が張ってあって不自然に感じさせないところなど、じっくり観て欲しいと思う。

そしてシャーリー・マクレーンの決して美人とは言えないものの実に可愛らしくて愛敬もある笑顔は、女性として大いに見習いたい。

勿論、ジャック・レモンをはじめ、芸達者な脇役たちの演技も味わいがある。ジャック・レモンの笑い顔は眉尻が下がるのか、おどけていてもどこか哀しそうで、小市民なサラリーマン役にはぴったりはまる。

こういう役者が、日本にはいるだろうか?


ビリイ・ワイルダーの監督作品にはシリアスなものも多いのだが、こういう軽妙で洒落たラブ・コメディを作ると本当に上手いし楽しい。

マリリン・モンローのラブ・コメディもあるが、私はこの「アパートの鍵貸します」が一番好きだ。

脚本 ビリィ・ワイルダー
    I・A・L・ダイヤモンド
監督 ビリィ・ワイルダー
製作 ビリィ・ワイルダー
1960年
アメリカ映画
モノクローム作品


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