ダーティ・ハリー -DIRTY HARRY-
ここで書こうとしているのは、あくまで1作目の作品である。
興行的にはシリーズの後のほうが成功したようだが、この1作目がいちばん面白くて、しかもイーストウッド作品の独特のタッチを決めたとも言える。
それは、ザラリとした乾いた感触だ。カメラワークのせいなのか、それとも音楽(イーストウッド作品にはモダン・ジャズが似合う)の効果か。
勿論、イーストウッドそのものの雰囲気に負うところが大きいのだが。
最初に映画館で見たのは、確か中学1年生の時だ。
桐生のオリオン座で「嘆きのインディアン」だか「悲しみのインディアン」だか忘れたけど(記憶がいい加減だなあ)、2本立てだったと記憶している。
クリント・イーストウッドを映画館のスクリーンで見たのは、これが最初だった。
作品そのもの当時の印象は、とても地味なものに思えた。
前評判は大変に高い映画だったのだが、少女だった私には、ザラッとしたタッチの男の映画なんて、その味は解っちゃいなかったのだと思う。
しかしそれ以降、今に至るまで、これほど何度も観た作品はちょっとない。
夫も偶然イーストウッド・ファンだったものだから、ビデオでもTVの吹き替え版でも何度も観た。
今では原語で覚えている科白もある位だし(註1)、夫など吹き替え版の犯人の電話の声帯模写までする(註2)。
イーストウッド演じる刑事ハリー・キャラハンは、上司の言う事は聞かない、決められた手順を踏まないで問題のネタを作る、凡そ組織の人間には誠に不向きな人間なのだが、誰も志願したくないような汚れ仕事をさせられ、付いたアダ名がダーティ・ハリーという訳だ。
思えば凄いアダ名だ。風きり当時の劇場用の字幕では「お汚れハリー」となっていて、ちょっと笑えた。
その「ダーティ・ハリー」は、そもそも出世などには関心もないから、上司だろうが市長だろうが検察官だろうが、全く阿らない。これでは出世はあるまい・・・と誰にでも解る。
ストーリーの説明など不要だろう。エンタテインメントとして楽しめば、それで良いと思う。
こういう個性の強い刑事だけに、この1作目で登場する悪役もアクの強さでは天下一品だ。
連続殺人犯「スコルピオ」を演じるアンディ・ロビンソンは、そんじょそこらにはないような憎々しい顔で、異常心理の殺人犯そのものになりきっている。
あまりに何度も観たので、アンディ・ロビンソンの表情も、「スコルピオ」に乗っ取られたスクールバスの中年女性運転手の泣き顔も、くっきり目に焼き付いている。
スクールバスの中で犯人が子供達に歌わせていた歌だって、時々口ずさんでしまう程だ。
この作品では俯瞰がしばしば使われていて、それがまた大変印象に残る。
夜明け前のサンフランシスコの海岸近くの俯瞰シーン、スタジアムで犯人を捕まえた時の俯瞰シーンは、大変ダイナミックで度肝を抜かれる程に素晴らしい。
監督ドン・シーゲルとクリント・イーストウッドの関係は、既に『許されざる者』の註で書いてしまったので、ここでは省略する。
シリーズ2作・3作・4作・5作と、イーストウッド作品という事で全て観てはいるが、1作目ほどのインパクトも特有のザラついた感触も感じられない。
やはり、ドン・シーゲル作品ならではのものだったのだ。
音楽を担当したラロ・シフリンは、ご存知【燃えよドラゴン】の音楽担当でもある。
しかし【ダーティ・ハリー】の時の方がずっと洗練されているし、多分にイーストウッド好みと思える。(註3)
最後に、この作品と同年に作られたイーストウッドの初の監督作品【恐怖のメロディ〜PLAY MISTY FOR ME〜】の広告の袖看板が、冒頭に近い銀行強盗の場面でバーガーショップの脇道に映っていた事に、皆さんはお気づきだろうか?
白地に黒文字だけの地味な文字看板で、わずか1〜2秒ほどしか映らない。
しかも【恐怖のメロディ】には、ドン・シーゲルが友情出演しているというおまけつきだ。こういう楽屋落ちも洒落ていて楽しい。
註1:
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"But being this is a . 44 Magnum - the most powerful hand gun in the world, and would blow your head clean off, you've got to ask yourself one question, do I feel lucky. Well, do ya punk ? "
この科白は、冒頭で銀行強盗を追いつめた時に使われたものの一部だが、最後に「スコルピオ」を追いつめた際にも全く同様に使われる。
尚、こんなに長い科白を全て聞き取れるはずはなく、昔雑誌《スクリーン》で載っていた「英語でシナリオを読もう」みたいなコーナーで、真面目な中学生だった私は一生懸命に覚えたものでした。
この歳になった今では、とても出来ない芸当です。
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註2:
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少女を誘拐した犯人が、電話を掛けてきた時に繰り返し言う「・・・オンナは死ぬ」という科白である。
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註3:
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イーストウッドが、その昔ジャズ・ミュージシャンを目指していた事は良く知られているし、自らがカントリーか主として歌う作品もあれば、との時の作品で共演していたまだ子供だった彼の息子が、長じて一流のミュージシャンになっている事も感慨深い。 |
監督:ドン・シーゲル
製作:ドン・シーゲル
脚本:ハリィ・ジュリアン・フィンク
R・M・フィンク
ディーン・リーズナー
撮影:ブルース・サーティース
音楽:ラロ・シフリン
1971年
アメリカ映画
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