ガラ
最近、憂鬱なの
Oct. 7, 2008
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2008年10月7日 火曜日
緒方拳が亡くなったのね。
71歳だなんて、まだ若いのに。鍛え上げられた声の素晴らしさに加え、笑っていても凄みのある俳優だった。ハンサムじゃないけど、役の中ではいつもいいオトコだった。
私が感じるいいオトコというのは決してオス度が高いという意味ではないのだが、緒方拳の場合はオス度も高かったと思う。
しかしそれは抑制の効いたオス度であって、安売りされる事は無かった。忍耐強さと痩せ我慢の中でしか、本物の男の凄みは出ない。
しかし弱虫のバカ男に限って、男を安売りするものらしい。緒方拳は、本物のオトコを感じた。
そう言えば、先日ポール・ニューマンも亡くなった。
1925年生まれだというから、実家の父と同い歳だったのか。
ポール・ニューマンは、私が中学生の時、初めて好きになったハリウッドの映画俳優だった。
もっと前の時代ともっと後の時代なら兎も角、その当時ポール・ニューマンの最新出演作品が日本の映画館で上演される事はなかったので、初めて観たのはテレビで放送された【熱いトタン屋根の猫】だった。
一発で好きになった。
特に横顔が素敵だと思った。
日本人にはあり得ない、ギリシャ彫刻のような額と鼻筋の平行な線。ちょっと上唇が、拗ねてするようにめくれているところも良かった。
その頃の私は、いかにも思春期・・・今と違って斜に構えていたので、こういうニヒルな役柄を得意とする俳優が好きだったのだと思う。
吹き替え版を観る事が多かったのだが、その吹き替えの声がまた良かった。ポール・ニューマンの吹き替えに川合伸旺を起用した人は偉い。
乾いた低い雑味のある声・・・他の声優の声ではちょっと考えられない位、個性的で良かった。
川合伸旺が悪代官や悪い商人を演って自らの声で出演しているよりも、申し訳ないけれど、ポール・ニューマンの吹き替えという業績の方が偉大に思える位、兎に角見事にマッチした声だった。
当時から吹き替えは見事なものが多く、それぞれ特徴のある立派な声が多いけれど、川合伸旺のポール・ニューマンは所謂「美声」というのではなく、何と言うか・・・不思議な声だった。
それは、ポール・ニューマン本人の声よりもポール・ニューマンらしく、そして役柄に深みと、より際立った個性を感じさせる声だった。
【熱いトタン屋根の猫】を観てからというもの、暫くは「スクリーン」や「ロードショー」などの映画雑誌で、ポール・ニューマンの情報を追いかけた。
しかしグラビアページに載る事は殆どなくて、後ろの方の白黒のページでテレビで放映する予定の古い出演作品を発見しては、夜中とか学校を早引けしなければ観られない昼間の放映で観ていた。
ゴールデン・タイムの洋画劇場では、殆ど放送してくれていなかったのだ。
やがて「明日に向かって撃て」やら「スティング」がヒットすると、当時の巷でも情報が溢れ、同世代でも彼の名前を知る人も増えたけれど、それまでは50年代に映画ファンだった世代でもなければ、私の周りでその名前を聞いて直ぐに解る人すらいなかったのだ。
当時の映画雑誌でグラビアに載っていたのは、キャンディス・バーゲンとか出たばかりのフェィ・ダナウェイ、アラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドなんかばっかりだった。
そういう時代の話だ。私が1957年生まれで、【熱いトタン屋根の猫】が1958年の作品だから、封切り当時に劇場で観られたはずが無かった。
当時の中学生だった私が封切り時に映画館で観て印象的だったのは、何たって【ダーティ・ハリー】だ。
それはただの偶然だった。
母のお華のお弟子さんの女性が、映画館に私を連れて行ってくれたのだ。
その時には、主演のクリント・イーストウッドを何とも感じなかった。クシャクシャの地味でちょっと垢抜けないオジサン位にしか思わなかったような気がする。
ある号の「スクリーン」に、クリント・イーストウッドとポール・ニューマンがレンガの壁の前に並んで立っている大型のポスターが付録に付いて、私はそのポスターを子供部屋の壁に長年貼っていた。
ポスターの中では、クリント・イーストウッドはポール・ニューマンよりも10センチくらい背が高く見えた。
勿論、その頃の私はポール・ニューマン贔屓だったのだが、年月が経ち、すっかり大人になった(どころか嫌になる程歳をとった)今、好みはすっかり逆転してしまっている。
でもイーストウッドだってお爺さんだ。
1930年生まれだから78歳・・・ポール・ニューマンより5歳も若かったのか。長生きして欲しい。
吹き替え版で繰り返し観た作品に出ていた、古い時代のハリウッドの俳優がどんどん歳をとり、死んでしまった。それを寂しいと感じるのは、きっと自分も歳をとって先行きが短くなってきたせいだろう。
子供の頃に観ていた古い俳優でも、私が青少年当時に鬼籍に入ったならば、寂しさを感じなかった。
だって10代の私には、生きるとか死ぬとか、そんな事は実感を伴ったものではあり得なかったし、時間の無情さや死なんて全く関係なかったのだ。
私にも平等に未来と数え切れない残り時間と可能性があり、漠然とした夢もあった。自分の問題で頭が一杯で、他人や野良猫なんか全く眼中に無かった。
多くの人達がそうであるように、私も傲慢で贅沢(物理的にではない)な子供時代を送り、今、この歳になって侘しさや儚さをしみじみと実感している訳だ。
現役で映画を撮り続け、主演もしているイーストウッドには、まだまだ生きていて欲しい。
極東の地のオバサンにそんな事を願われているとは、よもやイーストウッドもご存知あるめえが・・・。
おっと、猫の話題がゼロで終わるところだった。
最近とみに甘えん坊で、いつも触っていて欲しがるガラ。あんなに逃げ回って触らせなかった子が、ここまで来たかと思うと感慨ひとしおだ。
最近は抱っこも数秒間は出来る。但しどういう訳か、抱いている私から顔を背けながら。
爪切り、キャリーに入れる事、投薬はまだ出来ない。
小さい頭で色々と感じ、そして考えているのだろう。
いいよ、いいよ、好きにしなさい。アンタはどこかのバカが言うような「意地悪」でも「悪い子」でもないよ。それはパパとママがちゃんと解っているからね。
私達の責任で増えた猫の数なのだから、ちゃんと一人ずつの気持ちを受け止めて、その都度交通整理をするのが務めだ。
これだけ頭数がいて、これだけ平和だったら(この程度の相性の悪さで済んだら)、よしとしなければいけないだろう。
ナムも落ち着いて来たし、みんなでちょっぴり譲り合いながら、それでも気持ちの赴くままに楽しく暮らそう。
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