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マーゴ

マーゴはつまんない

Dec. 21, 2011
マーゴ

2011年12月21日 水曜日

「ほっくりほっくり」してシャガを植える

これから先、まだ3ヶ月は言い続けなければならなだろうが、寒い。



明日からは大寒波がやって来て、もっと寒いのだと言う。

それでも北国と比べたら、こんな寒さなんか・・・

でも寒い。







午前中には予定していた通り「シャガ」の苗が届いたので、玄関前の庭に植え付けた。

どうか根付いてくれますように。

そして来年の春に可憐な花を咲かせてくれますように。





今日も「ほっくりほっくり」して土を柔らかくしたけれど、相変わらず陶器の鉢の欠片やらコンクリートの欠片やらゴロゴロ出て来て腹立たしかった。

何の根か解らないような強くてしつこい根が一杯張り巡らされており、それでいて土は石のように固く締まっていた。



それでもやったよ、ほっくりほっくり。

大事な花苗の為だもの。



明日は筋肉痛だな、きっと。



親子の関係って難しいんだな・・・と他人の親子関係を見て思う

昨日、ふとした事で亡き舅・姑の話題が出た。

今では考えられない程の不自由や地獄のような日々があったものの、舅は本当は私達の事を好きだったんだろうな・・・と思い、その事を口にした。



舅の晩年、私はまだ会社勤めをしていたけれど、入院している舅に夜は付き添い、朝になって義姉が来てくれると交代して貰い病院から直接出勤していた。

24時間家族の付き添いがある事を条件に、何とか入院させて貰っていたのだ。

それ位、舅は手が焼ける問題児だったのだ、病院にとっても。



だけど認知症が進んでからの入院では、すっかりおとなしくなった舅だった。

付き添っている私が手を握っていると安心して眠った。

目を開けた時に私の顔があると、ニコニコして嬉しそうな顔をした。



私はその事だけで、長年の確執が吹っ飛んだ気がした。



まだ辛うじて言葉を発していた頃には、こうちゃんが会社帰りに見舞いに立ち寄ると、帰った後いつまでも「こう坊、来てくれたな」と嬉しそうに繰り返した。

息子より娘の方が良いと言っていたけれど、殆ど最期まで付き添った中で、息子の名前ばかり言っていて、娘の事は思い出している様子も無かった。

本当は息子が大好きだったんだよね・・・と私は一人で思っていた。





舅は私達との同居をとても喜んでくれていた。

もっともっと仲良くしたかったはずなんだ、本当は。

それを何かにつけ邪魔したのは姑だった。



「お義父様は無邪気で寂しかったんだったんだろうね」と私は言う。

「だけど、バアさんだけじゃなくてジイさんだって相当に性格悪かったよ、若い頃から」

こうちゃんは思い出して苦い顔をする。





どうなんだろう、親子の接触のあり方次第では、死んだ後も氷解しない確執があるものなんだろうか。

所詮他人である嫁の私が感じるものと、血の繋がりがあるからこそ感じるものとでは、決定的に違うのかも知れない。






親は、子供の人格を否定したり、自分の価値観と違うからと言って子供の大事にしているもの・頑張っているものを貶したりするものじゃないな・・・と思う。

子供と言ったって、社会人になって立派に一人立ちしてからの話だ。

そういう事をされ続けると、死んでからも恨まれるんだ。

子供を持つ親の皆さんは、その辺りを気をつけた方が良い。



ヘビ女かと思った怖い母、タイプライターを買ってくれなかった父

私だって親元に居た10代の頃までは、随分と親子喧嘩をした。

母は若い頃とても厳しくて・・・いや、厳しいを通り越して怖い位で、【ママがこわい】という楳図かずおのマンガを読んでは「これはうちのママだ」と真剣に思った位だ。



大学生になった頃には、もう母に叱られる事は無かった。

私も親の有り難味が理解出来て来たし、母も娘を信頼してくれていたし、優しかった。

妹も言うのだが、母は娘に対してある年齢までは物凄く厳しくて、ある時期からはかなり自由にさせてくれるようになった。



母自身がそもそも自由闊達な人で、それを抑え込まれる事が嫌いだったんだろう。

それでも昔の嫁という立場上、色んな事が制約された。

だからという訳ではない、むしろ自分が娘時代には親に色んなお稽古事をさせて貰い、豊かな経験をさせて貰ったからこそ、娘たちにも良いと思える事は何でも経験する機会を与えてやりたいと思ってくれていたのだろう。

そして外に向かってに羽ばたいて行かせたかったようだ。



それに加え、そもそもがそんなに口うるさい「教育ママ」ではなかったのだ、母は。

勉強しなさいと言われた事は一度もない。

むしろピアノだお習字だソロバンだガールスカウトだ・・・と、学校の勉強以外の事を積極的にやらせる母親だった。



ママが怖かったのは、基本的な行儀作法や社会に対する常識的マナーが守れない時だけだった気がする。

ごめんね、ママ、ヘビ女じゃないかなんて思って怖がったりして。

でも怖かったんだよ、ママは。





父も滅多に顔を合わせないけれど、たまに話すと時代錯誤的に厳格なところがあり、生意気な私は色々と父に反発を感じたものだ。

中学生が親の同伴なしで映画を観に行く事を許さなかったり、高校生で英文タイプを欲しがった時に「それは学校の授業に必要なのか、それとも欲しいだけなのか」と聞くから「欲しいだけ」と正直に答えると、買ってくれなかった。

自分は新しいAV製品を次々と買ったりして道具好きなくせに、どうして私には英文タイプくらい買ってくれないのかと恨めしく思った事がある。



しかし父はケチでそうしていたのではない。

それは「教育」だったのだ。



「必要な物は不足なく与えてやるが、欲しい物は自分が働くようになってから買え」

「親の保護を受けているうちは、親が黒いものを白だと言ってもそれに従え」

民主主義の世の中で、娘にそういう事を言うような父親は、うちくらいなんじゃないか、私は何て不運な星の下に生まれてしまったんだろう・・・と思ったけれど、父の言った事は至極当たり前の事で、私に娘がいてもそう言っただろう。






私が親元を離れて大学進学する事には父は大反対していたのだけれど、母と結託して父を説得した。

そしていざ進学すれば、父からの毎月定額の仕送りだけで4年間過ごす事が出来た。

その事にはとても感謝している。



2ヶ月ずつ帰省している夏休み・春休みにも、その仕送りは父の口座から毎月同じ日に振り込まれていた。

取引銀行の「学資送金システム」を利用していたせいだ。

休み中の仕送りに関して、父は一切触れなかった。

そのお金をどう使おうが、私の自由な采配に任せてくれていたのだ。

その頃には、私は少なくともお金のやりくりに関してだけは、親から信用されるようになっていた。



蓋を開けてみると家計のやり繰り上手だった娘、欲しい物はどうしても欲しい性分の娘

大学進学時に親元を離れた途端、それまでお金の事なんか何も考えずに生きていたにも拘わらず、私は経済観念に長けてしまわざるを得ず、あっと言う間にやり繰り上手になった。



親元から通う人達とは違ってアパートの家賃や食費は掛る、学費は別途貰ったものの、教材や生活必需品、洋服だって、みんな仕送りから買う事になる。

どうすれば決まった額の仕送りの中で暮らせるのか、嫌でも工夫するようになるよ、余程の馬鹿娘でない限りは。

まだ今のようなぜいたくな時代じゃ無かったしね。





どうでも良いと思える事にお金を使わなければ、余剰金が出た。

私は毎日きちんと自炊し、ダンパだのコンパだの、そういう男女の出会いを楽しむチャラチャラした場に行く事は絶対になかった。

だって既にステディなボーイフレンドがいたからね、高校時代からの。

後に結婚も離婚もした相手だ。





大学の同級生には2通り居た。

ブランド品を持ち、そのままコンパにも行けるようなオシャレをして学校に来る一派と、地味で清楚な女の子らしい格好で真面目に勉強をしている育ちの良い「お嬢様」な人達。

私はどちらでもなかった。

確かに地味で、勉強は真面目にしてはいたものの、清楚で女の子らしい恰好という事ではない・・・いつだってジーンズにトレーナーといういでたちで、ボーイフレンドと毎日会っていた。

同棲じゃないけど、隣のアパートに暮らしていたんだもの。

晩ご飯は毎日一緒に私が作ったものを食べ、一緒に勉強し、一緒に銭湯に行った。

彼の仕送りは私が管理して、これも貯金させていたんだ。





そういうところは、一人だけまわりの雰囲気から浮いていたと思う。

でも気にしなかった。

成績は良かったから、誰も私を「不良」とは言わなかった。

実際に人が私をどう見ていたかは解らないけど、私は小学生の頃から既に人の評価を気にする娘ではなかった。

母に似たのか、父に似たのか・・・





私にとってオシャレをする事は優先順位が低くて、そのモチベーションもあまり感じなかった。

流行は一切関係なかった。

化粧もしない、ずっとひっつめ髪だから10年に一度くらいしか美容院には行かない(今じゃもう全く行かない)

ずっとそれを通して来たんだな・・・と改めて感心する。

他には何の取り柄もないけれど、それだけは凄いな、私。





だから私は大学生活中、親の仕送りからちゃっかり貯金までしていたし、高校時代には買って貰えなかったタイプライターなんか、大学1年の時にさっさと買ってしまったんだ。

英文じゃなくて西文だけどね。どっちもそんなに変わりゃしない。

今でも覚えているよ、新宿の「アドホックビル」に入っていた文具店(紀伊國屋だったかな)で買ったポータブルの西文タイプライターをぶら下げて、歩いて西新宿の下宿まで持ち帰った時のあの重み。

もう親に承諾なんか貰わなかった。

欲しいものは必要ないものでもどうしても欲しい、それも今すぐ欲しい・・・という性格は、当時からちっとも変っちゃいないんだ。



凄いぞ、私。

凄かないか、別に。

どうなっててるんだ、こういうバカな執着と性急さ、しつこさは。





でもその「どうしても欲しかったタイプライター」で、私は稼いだよ。

相変わらずタイプライターなんか授業には必要は無かったから、西文タイプを持っている人は少なかったんだ。

お陰で、学校からのちょっとしたバイトを優先的に回して貰えた。

ワープロなんかまだ無い時代だったので、研究室から出される簡易出版物の原稿のタイピングをする在宅ワークを請け負えたんだ。






あの時のあのタイプライターは、しっかりキイを打たないとダメな「手動式タイプライター」だった。

「電動タイプライター」というものもあっただろうが、それは私達学生の手が届くようなものじゃなかった。

私達は、キイを押すとその文字を打つ為のアームが紙を巻き付けたローラーまで飛んで行く「手動式」で鍛えたから、いまだにPCのキイも「叩く」。

電卓のキイも叩く。

キイ見れば、力任せに叩くのが習性となってしまっているんだ。

臨機応変ではないと言えなくもないが、身体に染みついた習性というのは、そう簡単には抜けない。

ピッチングやバッティング、ゴルフのスイング・・・そういうフォームを修正するのは、如何に難しいだろうと想像に難くない。





かつてはガリ版印刷の原稿書きの為に鉄筆で筆圧が「強く」なり、手動式タイプライターでキイタッチが「強く」なり、どんどん弊害が出る傾向へと突き進んだ。

何でも程々にしておかないと、こういう悪癖が身体に染みついてしまうのか。

もう手遅れだ、治らない、直せない。





だけど懐かしいよ、先端に活字が付いたアームが飛んで行く「手動式タイプライター」。

あまりに早く打てるようになると、むしろアーム同士が絡んでしまって不便だったけど、私にも仕組みが理解出来る機械としても楽しかった。





お父さん、私のあのタイプ、どこへ行ってしまったんでしょうね。



いや、お父さんは知る筈もないし、そもそも我が家には「お父さん」なんか居ない。居たのは「パパ」だ。

【人間の証明】をパロッてみただけさ。

古いかな。





ホント、あのタイプライターはどうしたんだろう?捨てた覚えは無いんだけど、離婚・転居した時にでも、きっと元夫のマンションに置いて来てしまったんだろう。

他人にはゴミ同然・・・いや、今の私にも粗大ゴミなんだけどね。

置いて来て良かったのか、結果的に。






話がどんどん逸れて行くけど、いいんだ、私の独り言なんだもん。

でも独り言が長くなり過ぎたので、またしても明日に続ける。

このしつこさは、誰に似たんだ?
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歳をとって来ると、明るいものが欲しくなるんでしょうか。今一番のお気に入りです。



南欧風のイメージのあるブランドですが、実はアメリカのブランドです。

でもブランドと言っても全く高価ではありません。お手頃価格で丈夫で、普段使いには最適、それでいておシャレです。





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Be happy, be good,
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やっぱりその前に、こっちも
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